……きらきらクリスマスのためには、事前準備が欠かせませんよね?
そんなサイドストーリー。
Show Me Your Smile, Please?
その日、俺ことギロロ伍長は、宇宙人街を歩いていた。
来た目的である用事も済ませたことだし、特に長居する理由もない。さっさと帰ろうとソーサーを停めた場所へと足を急がせていたとき、不意に何かが目の端にひっかかった。
(……ドロロか? 何をしているんだ、こんなところで)
2、3歩身を戻して一軒の店を覗き込んでみれば、そこには見慣れた青い小さな体のケロン人。ドロロ兵長が、体の半分程もあるかのような大きな本を手に取り、凝視している姿があった。
随分とじっくり見ているようだ。あの本が気になっているのだろうか。いや、気になっているのを通り越して、心底気に入っているようだ。あの様子なら買ってすぐに出てくるだろう、そう思って、せっかくだから一緒に帰ろうかと出口に体をもたせかけた。あいつには、最近発売されたナイフについて相談したいこともあったから、ちょうどいい。
だが、待っても待ってもドロロは出てこない。おかしく思って店を再び覗いてみれば、相変わらず本を抱きしめたまま、難しい顔をしている。買うのか買わないのか、どれだけ悩めば気が済むんだ、あいつは。
結局ドロロは、散々悩んだ挙句に本を書架に戻すと、何やら考え込みながら1人ですたすたと帰っていってしまった。あろうことか、俺に気付かずに、だ。
あのドロロが俺の気配にも気づかない程とは。正直驚いた。同時に、いったい何の本を見ていたのかと興味をそそられた。ちらりと店の看板を確認する。古書店。スムーズに開くドアから入り、ドロロの立っていたあたりへと進む。
「確かこのくらいの位置の……ん、これか」
大きさも装丁もドロロが手にしていたものと同じ本を見つけて、俺も手に取ってみる。
ポコペン植物大図鑑。おおよそ予想通りのタイトルに苦笑しながら、軽く中を確認する。
と、思わず俺は目をみはった。
本自体はよくある植物図鑑であって、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。だが、挿絵がいちいち素晴らしい。自分は物の美醜には疎い方だと思っているが、それでも丁寧で緻密な線と柔らかな色遣いに、何か感じるところがある。
次に図鑑をひっくり返して裏表紙を見る。そして、また納得した。軽く苦笑がこぼれる。
なるほど、それは確かに気軽に購入を決断できない値段の本だった。本の背中を撫でてみればわかるとおり随分と年季も入っているようだし、もしかしたら稀少な品なのかもしれない。だからといって、あの青い男が買えない程高価なものだというわけでもない。しかし、ドロロは、昔から無駄遣いをしない男だった。
「必要なものや、ヒトへの贈り物のためなら、これくらいポンと買っちまうんだろうがな……自分のためには踏み切れない、か」
倹約家というかなんというか。あいかわらず生真面目なことだ。
仕方ないな、と笑ってしまう。
そして、先日取り付けた約束を思い出した。奇しくもクリスマスイブのディナーを共にすることになったのだから、プレゼントの一つや二つ、用意しておくべきだろう。これは中々いい考えなのではないだろうか。俺はそう思って、その本を手に持ったままレジで新聞を読んでいる店番の老人へと向かった。
「すまん、これを」
「はいよ、……ん? この本は……」
「どうかしたか」
老人が表情を曇らせたのに気付いて、俺は尋ねた。
「いや。ここが店で、あんたが客である以上当然のことだし、お客さんは皆平等だ。それはそうなんだがね。だが、どうにもこの本を欲しがっているらしいヒトがいてね」
俺は思わず肩を落とし、ため息をついた。店主にも覚えられているなんて、ドロロ兵長、お前はトランペットを欲しがって店先を覗き込む子供か。まったくどれだけ熱心に通っているんだ。やや苦労しながら、俺はなんとか気を持ち直す。
「あぁ。実はこれは俺が欲しいわけではないんだ。ちょっとクリスマスの贈り物でな……空のような、青い色をしたケロン人のために」
店主は目を大きく見開いてから、得心したように頷いて本を受け取った。そして笑顔で包装紙を取り出した。
「なるほど、そういうことか。それならば、あんたもハッピー、あのヒトもハッピー。コイツも大事にしてくれるヒトのところに行く。皆うまくいって、万々歳、だ。少し早いがわたしからのクリスマスプレゼントということで、オマケさせてくれんかね、お客さん」
店主の好意は元々ドロロの為の好意なのだから、自分が断る道理もないだろう――俺はそう思ったので頷いた。大げさな包装は断りつつ、シンプルな包みを受け取って、代金を支払い店を出た。
これを見たら、あいつはいったいどんな顔をするだろうか。いや、いったいどんな笑顔を見せてくれるだろうか。そんな思いに、冷たく吹き付ける木枯らしもまったく気にならない。
意識して頬を引き締めながら、俺は改めてソーサーの停め場に向かって歩き出した。
ギロロが店を出て歩き出した、その数分後に、何かを決意したような顔でドロロが再び店にやってきた。棚をくるりと回って、しかしいつもそこにあったはずの本が無くなっていることに気付いて驚きの表情を隠せない。慌てて店主に尋ねるも、今売れてしまったというばかり。ドロロは肩を落として店を出て、帰っていった。
雪の降る夜、嬉しいサプライズが待っていることも知らずに――
(2011.12.24)
制作秘話……という程のものではないですが、裏話というかネタ元のページです。
ある日、こちら(→http://shindanmaker.com/161625)のメーカーでこんなものが出ました。
・いつ【今年のクリスマスイヴ】どこで【人気のレストランで】誰が【ギロロとドロロが】どうした【幸せな時を過ごした】
・いつ【今年のクリスマスイヴ】どこで【自分の家で】誰が【ドロロとギロロが】どうした?【好きな人とお泊まりした】
おいおいラブラブだなぁこいつら! と沸騰した勢いで書いたのが、この2011年クリスマス話です。だって連続でやったら連続でこんな結果なんですもの! クリスマスって、雰囲気も、音楽も、イルミネーションも、赤と緑とキラキラの飾りとの組み合わせも、とにかくクリスマス関係のものは何でも好きで、本当に好き過ぎてネタに困っていたところにコレです。神様の思し召しかと思いました。もしくは気の早いクリスマスプレゼントかと。今年はもうこれで十分です。十分ラブラブすぎます。ギロドロ!
ちなみに単体だとしょうもない結果に。夢のような時間も吹っ飛ぶインパクト。
・いつ【今年のクリスマスイヴ】どこで【場末のラブホで】誰が【ドロロが】どうした【童貞を食った】
・いつ【今年のクリスマスイヴ】どこで【自分の家で】誰が【ギロロが】どうした?【サッサとクソして寝た】
こ れ は ひどい……!
ギロロは納得できるというか容易に想像が付きましたが、ドロロ……お前……!
なんだよ食った相手は誰だよギロロは勘弁してやってよまだ裏書けねぇよ、とか、しょうもない想像が一瞬にして頭を駆け巡りましたが心の中の夢見る気持ち(残量僅かとはいえゼロではない)を捨てたくなかったのでペアで診断した結果に従うことにしました。なんかもうごめんギロロ。大丈夫だ、うちはドロギロじゃないギロドロだ。ドロロお前は自重しろ。
夢いっぱいの きらきらクリスマスは大事です。大事。
on 24th
「くりすます、でござるかぁ」
「知らなかったのか?」
「にん。毎年、12月24日は何やら賑やいで、皆忙しそうにしていると思ってはいたのでござるが。小雪殿に尋ねてやっと合点がいったでござる。いつもなら拙者は年末の掃除や新年の準備をしている頃でござるな」
「なるほど、お前らしい」
今日はクリスマスイブ。ギロロとドロロが連れ立って街を歩いていた。そう遅い時刻ではないが、季節柄、すでに日は落ちて夜が広がっている。そして、そんな暗闇を弾き飛ばすほどの軽やかで華やかなクリスマスイルミネーション。街を彩るカラフルな光に、ポコペン人スーツの2人もなんとなく馴染んで、あまり注目を集めないで済んでいた。
ギロロがマフラーごしに白い息を吐き出した。
「お前の方がポコペンの文化に詳しいと思っていたぞ」
「拙者が学んだのは主に日本の伝統文化でござるからなぁ」
ドロロは手袋をはめた手を顎に当てて、少々考える素振りを見せる。
「この星の文化風俗全般に通じているのは隊長殿の方でござろう、真面目に仕事をしてさえいれば」
「期待はできんな」
ギロロが溜息を付きながら腕を組んだ。ドロロは苦笑する。
「まあ、そう言わずに……えっと、それで。くりすます、というのは、普通は恋人同士で出かけたりするイベントなのでござるか?」
「そうだな。いや、本来は家族で祝うものらしい。だが、この国では恋人同士の時間を過ごす日として広く認知されているという話だ」
「ふむ、文化の違いでござるな。興味深い」
「すまんな、相手がこんなむさくるしい男で」
「申し訳ござらん、拙者、女装してくればよかったでござるかな」
勘弁してくれ、とギロロが言って2人で笑う。
時折奇妙な目を向けられることもあるものの、ほとんどの人は自分達のお祭り騒ぎに忙しい。色鮮やかに光を反射する街角、その照明の明滅にあわせるようにして心浮き立つクリスマスソングが聞こえてくる。寄り添い腕を組んで歩く恋人たちがいる。大事な人と、もしくは大事な人のために急ぎ足で行き交う人々を眺めながら、広がって道を歩くのがはばかられてギロロとドロロもやや近寄り気味に歩いた。
駅前の大きなクリスマスツリーをしばし見物してから、裏に回って少し歩けば、目的のレストランが見えてきた。あまり大きい店ではないが、シックな外装と窓から漏れる暖かな光に好感が持てた。
ベルを鳴らしながら入り口をくぐると、ポコペン人スーツが醸し出す異様さのせいだろう、さすがに戸惑った顔をされた。ちょっとしたイベントがあって、などと苦笑交じりになんとか誤魔化しながら外套と一緒にチケットを渡せば、安心した表情を見せた店員に案内される。
「こちらのお部屋になっております」
「個室か、助かった」
「これならあまりじろじろ見られないで済みそうでござるな」
一旦下がった店員に聞かれないように、2人で顔を突き合わせて安堵の息をつく。こんな時、あの緑の隊長がいればよかったと思うのだ。ケロロの口のうまさは、宇宙でも一級品だから。
落ち着いて席に座ってみれば、そこは駅前のツリーまでよく見える、夜景の綺麗な個室だった。各々メニューから好みの主菜を選び、ドロロは食前酒、ギロロはフレッシュジュースの入ったグラスを掲げて、キン、と高い音を鳴らした。
きれいな手だ。
食事の最中だというのにそんなことを思い始めたのはいつからか。
だが、青い男の食器を操る手に目を奪われて、ギロロはいつしかそんなことばかり考えていた
そういえば昔から食事の姿はキレイな男だった。きっと家で徹底して躾けられていたのだろう。さすがに最前線においてまで作法を気にする様子は見たことが無かったが、環境によっては相変わらず体の覚えた動きが出るようだ。こんなにきれいな手が、冷たい武器を自在に操るあの手と同じものであるのだ、と。今この場で説明されて、誰が信じるだろうか。
気が付けば、ドロロが心配そうな顔でギロロの顔を覗き込んでいた。少々己の思考に没頭しすぎていたらしい。
「……ギロロ殿?」
「……あ? あぁ、な、なんだ、ドロロ」
「いや、なんだかぼーっとしてるというか、心ここにあらずという感じだったから……」
「そうか? そんなことはないぞ、別に」
だが、どうにもドロロの顔を正面から見られない。まったく空気に酔ったか、おまけにどうやら悪酔いしたらしい、と、ギロロはコーヒーに口をつけてひそやかにため息をついた。丁寧に淹れられたコーヒーの香りに助けられて、なんとか心を落ち着ける。
デザートのケーキはギロロにとって苦手な甘さだったので、ドロロに譲った。ドロロは特に甘党というわけではないが、華奢な形(なり)をしている割によく食べる。
ドロロはコーヒーを飲みながら夜景を眺めていて、ギロロはそんなドロロを見ていた。
薄い。そう思った。
その存在感はまるで雪のように薄いのではないかとさえ思う。雪のように儚く、心細い――今にも光に融けて消えてしまいそうな。そんな感想を抱いたことを自分で不思議に思いながら、ドロロ、と名前を呼んで、ギロロは飲み干したカップを皿に乗せた。
磁器のぶつかる音と呼び声に反応してドロロが振り向いた。いつも通りの笑顔。抱いていた不安が霧消して、ギロロが少しだけ目を細めた。ドロロはにこりと笑む。
「そろそろ行くでござるか?」
「そうだな。存外、ゆっくりしていたようだ」
立ち上がり、出口で受け取った外套をばさりと羽織る。
料理の礼を店員に述べて外に出ると、空からふわりと白い物が落ちていた。
ほう、とギロロが息を吐き出す横で、見る間にドロロの表情が輝いていく。ドロロはそのまま真っ白な道路へと駈け出した。
「雪! 雪でござるよ、ギロロ殿!」
「雪だな、ドロロ。嬉しそうだな」
「拙者、雪が好きなのでござる。美しく、優しく、そして暖かい」
「暖かい?」
さくさく、と戯れに足跡をつけながら、ドロロがくるりと振り返って微笑んだ。
「暖かいでござる。とても寒い日は、雪があるほうがいい。雪があれば芯まで凍て付くことなく、暖かさを感じられるでござるよ。それに、冬の雨は冷たさが心まで染み込んでくるでござるが、雪は心を包んでくれる」
「ふむ。だが、雪などすぐに溶けてしまう、心細くて儚いものだろう」
「今日は詩人だね、ギロロ君。……雪が儚いというのはその一面に過ぎぬでござる。時に凶暴に牙をむき、時に暖かく包み込んでくれる。雪とは頼りなく見えて、中々どうして、一筋縄ではいかないものでござるよ」
「そういうものか」
よくわからん、と呟きながらギロロは歩みを進める。いたずらっぽく笑っていたドロロが、ギロロよりも数歩先で立ち止まった。そして、ギロロが追い付くのを待って、懐から何か包みを取り出した。
「ギロロ殿」
「なんだ?」
「めりーくりすます! プレゼントでござる」
驚きにギロロは目を丸くした。クリスマスという行事のことも知らなかったヤツが、この行事の一大イベントまで――プレゼントまで用意しているとは。
濃いブルーの紙に金色のリボンが巻かれている。シンプルだが深い色合いが美しい。そんな小さな包みと、それを両手で差し出してくるドロロとを何度か見比べてから、ギロロはそれを受け取った。
「ありがとう、ドロロ。中身はなんだ?」
「開けてみればわかるでござるよ」
「ふむ? 今開けてもいいか?」
「どうぞ」
人通りもほとんどないし、いいよね、とドロロが呟くのを聞いて、ギロロは少し驚く。雪のせいか時間のせいか、確かにちょうど人通りがぱったりと途絶えているのだが、この男が人の目を気にするような代物を選ぶとは。こんなに綺麗な包みを開いてしまうのもどこか勿体ないし、家に帰るまで我慢しようか。いや、この会話の流れならばそれも無粋。結局、年甲斐も無く心弾ませながら、ギロロはがさがさと包装紙をひらいていく。ちらりと覗いた中身にギロロは目を見開き、慌てて全て取り出した。包装紙をどけて、箱も開けて、ドロロからの贈り物を手に取った。
「これは……!」
「どうかな。邪魔にならなければいいでござるが」
「邪魔も何も、お前、これは」
ギロロの手にしっくりと馴染むのは、一本のナイフ。
握り心地の良さと切れ味の確かさに定評のある、有名なメーカーのものだ。ケロン軍の支給品にも採用されているが、今手に握っているものはどれだけ昇進しても支給されないであろう上位モデル、それも最新型だった。この最新型ナイフは発売直後から高い評価を得ており、ギロロも今度店先まで見に行ってみようと思っていたところだった。普段はナイフを取り出す機会も少ない(そもそも本格戦闘の機会自体が少ないのだ、カナシイことに)からつい後回しにしてしまいがちだが、ナイフというのは、弾が尽きた時に頼りになる、重要な相棒だ。使いこなすために馴染ませる手順をさっそく思い浮かべて、しかしその作業が必要ないくらい自然な握り心地の確かさに、ギロロは頬を綻ばせた。
「あぁ、これはいい。おい、いいのか、こんな」
「もちろんでござる。今日は大事なヒトに贈り物をする日なのでござろう。だから。本当は銃を見立てられれば良かったんだけど、拙者、銃には詳しくないゆえ……刃物なら、拙者でも使い心地がわかるでござるから」
「刃物ならお前の方が分かっているだろうさ。そうか。いや、うむ。ありがとう、ドロロ」
大事に自分の専用倉庫にナイフを片付けてから、ギロロも実は、と荷物を取り出した。
ぱちくりと目を瞬いているドロロに、メリークリスマス、と決まり文句と共に手の中の袋を押し付けた。
「め、めりーくりすます? え、ギロロ殿? これは」
「先を越されたが、俺からのプレゼントだ」
「え、」
「……俺は、少なくともお前よりはクリスマスについて詳しいようだからな。準備していて当たり前だろう」
「……そう、だね。そうか、そうだよね。ええと、今開けてもいいでござるか?」
「ああ」
寒さのせいだけではなく頬をピンクに染めながら、ドロロがわくわくと袋を開く。
なんの飾りもない簡素な包みだが、その方がギロロらしい、と、笑いながら中の物を取り出したドロロの動きがピタリと止まった。
「……」
「……どうだ」
「……ギロロ、くん、これ」
「気に入らなかったか?」
途端に取り出した本を胸に抱きしめて、ドロロはぶんぶんと首を激しく横に振った。こういう姿は昔と変わらないな、と、ギロロは思わず微笑んだ。
「まさか! 逆だよ、ずっと欲しかったんだ、この本――どうして? すごい、あぁ、どうしよう、嬉しくて僕――あぁ、どうしよう」
頬を一段と赤くして大慌てするドロロに、ギロロは、こいつの笑顔を見ていれば十分に暖かい、などと考える。雪に包まれるよりもずっといい。それから、次に自分に苦笑した。儚く消えそうだなんて考えたのはどこのどいつだ。ドロロはこんなに生き生きとしているじゃないか。
そんな考えを気取られないよう、ギロロは何ともないような顔で歩き出した。後ろからドロロが駆け寄り、隣に並ぶ。その胸には本が抱きしめられたままだ。これだけ喜んでもらえれば、送った側としても満更でない。少し気恥ずかしくなって、ギロロはマフラーに顔を埋めた。
「偶然見つけたんだがな。お前が欲しがりそうな本じゃないかと思ってな」
「すごい! 大当たりだよ! 本当に、ずっと欲しいなって――ギロロ君、本当にありがとう! あぁもう、どうしよう。すごく嬉しい。ねぇ、僕、まだまだ君と話し足りない気分なんだ。さっきまでレストランであれだけたくさん話したのに。ごめんね、でも、お邪魔じゃなければこのあとギロロ君のテントに行ってもいい?」
「もちろん構わんさ。あの店にはかなわないだろうが、俺もうまいコーヒーを淹れてやろう」
「本当に? 嬉しい! 僕、ギロロ君のコーヒー好きなんだよ。今日は本当にいい日でござる……ギロロ君、めりーくりすます!」
「あぁ、メリークリスマス」
雪の上に続いていく2人分の足跡が、降り続く真っ白な雪に覆い隠されていく。
このまま積もってしばらく溶けそうにない、それは――――きっと、暖かい雪。
(2011.12.24)
人気のレストランで素敵な食事、しかもクリスマスイブに個室で夜景まで! 駅前商店街の皆さんが頑張ってくれました。笑。海外旅行を用意するより大変なんじゃないかと思います。そして頑張ってくれたにも関わらずお客さんが宇宙人じゃ、地域振興に繋がらないと思います。駅前商店街の皆さん、ごめんなさい。どうでもいいけどゼロロ(シッポ期)は、結構おしゃべりな子どもだったんじゃないかなぁ。
なんだかポエミーになってしまいましたが、大好きなクリスマスの話が書けてすごく楽しかったです。幸せ!
それでは皆様、メリークリスマス(地獄で会おうぜ)!
(ⅱ)
「っしゃー! 獲ったぞぉぉおおお!!」
「ごくろーさん。んじゃ、さっさと前線に戻ってくれます?」
「隊長使い荒いなァ、黄色君!」
「名前で呼べ、うぜぇ」
ケロロ小隊地下基地で、ケロロが満面の笑みを浮かべて高く飛び上がっていた。
全ての始まりは、1週間と少し前のクルルからの呼び出しからだった。何事かと首を傾げながらラボへ行ってみれば、黄色い手に差し出されたものはアナログな一通の通達。また本部から侵略の催促状が来たかとも思ったが、すぐにその可能性は否定した。いつもはケロロに見せるまでもなくクルルやモアが処理してくれていたし、それに何より、ケロロは無性に嫌な予感がしたからだ。
果たしてその予感は大当たり。“ゼロロ兵長”の部隊異動命令が届いていた。
ケロン軍においてアサシンは、その訓練の苛酷さや、そもそも適性が合わないなどの事情から絶対数が少ない。主な任務内容とも相まって、アサシンの基本は単独行動である。しかし戦闘、諜報両分野において優れた能力を有するアサシンを独占使用したがる部隊は後を絶たず、1小隊、僅か5人のうちの1人にアサシンが組み込まれたとなればしばらく噂話の主役を張り続けるほど贅沢な話であるのだ。ドロロはその精鋭の中でもトップの実力者ということで、実際にケロン星に居た頃は休む暇なく任務に駆り出されていた。しかし、ドロロは“既にアサシンではない”というのに――ケロロは信じられない思いで首を振った。このケロロ小隊において、ドロロは小隊のアサシンとしてではなく、幼馴染として、気の置けない戦友としてケロロ達を支えてくれている。大切な仲間を誰が手放すものか。それに、アサシンが欲しいのならば、本部に要望を出して現役のアサシン兵を獲得すればいいのだ。任務遂行中の余所の隊から、アサシンから流れたしがない一般兵を自らの部隊のアサシンとして引き抜こうなど、筋が通らない上にあつかましい。
勘弁してよ、と愚痴を溢しながらも、ケロロは慌てて根回しを図ったり強力なガスを使ってポコペン侵略を済ませてしまおうとしたりしたのだが、いずれも失敗に終わってしまった。結局、ドロロが他人に奪われていくのを目の前で見せつけられる、という非常に苦い結果となったのだった。
「いやぁ、ホントよかったであります。でも、ちょっと無理させちゃったでありますかな。ゴメンねー、クルル曹長」
「まったくだ。お陰で秘蔵のゆすりネタが随分と減っちまったしなァ……この借りはぜってー返してもらうぜぇ、た・い・ちょ・お。それはさておいて、オッサンや日向冬樹達への言い訳でも考えといた方がいいんじゃねぇの?」
「うっわ。赤ダルマはともかく、冬樹殿にはどう言ったもんでありますかなぁ。こんなドロドロの根回しアンド探り合いなんて、未来ある青少年にはちょっと見せたくないしねー」
大事なモノが奪われた。奪われたものは奪い返す。指をくわえて見ているという選択肢は、ケロロの中から当然除外されている、が、しかし肝心の手段はどうやって。それを考えていた時、クルルが舌打ちをして、届いたばかりの一通のメールをケロロに見せた。バララ中尉がケロロ小隊地下基地から離れた直後にクルルの個人回線に宛てられたメール、その内容をざっと確認したケロロはこめかみに手をあてて目を眇めた。
差出人はアンノウン。しかしこの文章の癖は知っている。
ケロン軍大佐。ずいぶんと地位の離れた、ケロロ軍曹の遥か上官にあたる人物だ。
度重なる侵略の催促を受けるうちに今ではすっかり顔馴染になってしまったケロロと、元の階級の関係で以前から親交のあったクルル。知り合ったきっかけも交流の深さも違うが、大佐が信用のおける人物だという評は2人の間で一致した。そんなことを話し合う間にもクルルは熱心にキーボードを叩き、このメールの本当の用件の解読を進めていた。一見するとただの世間話にしか見えないが、そんなものをわざわざ名を伏せて送ってくる理由はない。内容の薄く見える文章に巧妙に隠された情報、それはこの件に関するバララ中尉の一連の動きだった。最近急激に名を上げたバララ中尉の、そのあまりの性急さを怪しんだ大佐が掴んだ情報。それは、バララ中尉が己の手柄のために本分を超えて地球侵略をしようとしていること、そして、これまで友好な関係を築いていたオランジ星に先に攻撃を仕掛けたのは、ケロン軍が先であったこと――その指示を出したのがバララ中尉その人であるらしいということである。
本来、戦うべき理由のない戦争を仕掛けたバララ中尉の罪は軽くない。これをきっかけとして、利己的な行動が目に余るようになってきたバララ中尉に“少々痛い目を見てもらうつもり”であった大佐だが、大佐がこのことを調べ上げるために使った手段もまた正攻法と言い切るには紙一重のものに過ぎた。自分が動けないのならば、代わりに誰かを動かそう。それには思惑が一致する、口の固い人物が良い。できれば動向が掴まれにくいようにケロン星から遠く離れていればいるほど、尚良い――その結果、ケロロに白羽の矢が立てられたのだった。
バララ中尉を失脚させるための筋書きは完成している。後は裏を取るだけだ。一番最後で、一番シンプルで、そして一番重要な役割を頼みたい。バララ中尉のしたことさえ明らかになれば、強引に決定されたゼロロ兵長の処遇は元通りになるだろうから……そこまで声に出して読んでから、クルルは再び舌打ちをした。そして、ケロロに向き直る。
隊長。クルルに呼びかけられ、ケロロは頷いて、真正面からクルルと向かい合った。クルルは肩を竦めてメールソフトを立ち上げ、新規作成ボタンを押した。そして、ギブアンドテイクのバランスを取るためには仕方がない、と文句を言いつつ、クルルの握るとっておきの裏情報を幾つか文面に隠して盛り込みながら、了解のメールを作り上げて送信した。
ドロロを取り戻す算段は付いた。いよいよ迎えた大詰めは、相手の動きを逐一把握して、こちらの動き出しのタイミングを逃さないようにしなくてはならない。ケロロはこの1週間、クルルに通信を傍受してもらいながらずっと動向を伺っていた。かなり微妙で繊細な事案だったため、どうしても部下に説明できなくてもどかしい思いをさせてしまったのが心苦しいが、おかげでこうして実を結んでくれた。
終わり良ければ全てよしと昔から言うし、などと言いながら、ケロロは緊張感の無い顔でクルルの肩を叩いた。
「まぁ、こうして全て丸く収まったんだから、あの赤いのも納得してくれるでありましょう」
満足そうに頷くケロロを、クルルが心底呆れた表情で見やる。
「だから全然収まってねぇって。どうすんスか、オッサン本気でキレてるぜ……普段は地獄耳のくせに、今はすっかり聞く耳持っちゃいねェよ、あの人」
「げ、マジ?」
「基地の防衛システムだっていい加減弾切れなんで、とっとと出てって敵の数減らしてきてほしいんスけど」
「り、了解であります! やっべ、忘れてた……」
「あり得ねぇだろ常識的に考えて……ん? おい、隊長、待った」
「ゲロ?」
クルルは画面の右上にパッと現れたウインドウを確認すると、ラボから飛び出しかけたケロロを呼びとめて、コントロールパネルを手元に引き寄せ猛烈な勢いで操作を始めた。そして間もなく基地に緑色のランプが点灯した。
「よっしゃ、ケロン軍所属の小型宇宙船一隻、ポコペンの大気圏内に突入確認。ここまで来れば誰とでも通信を繋げる。ってことで、あー、あー、テステス。本日は快晴、流れ弾に注意ってとこだぜェ……聞こえますか、ドロロ先輩」
『聞こえるでござる、クルル殿。隊長殿もそこにいるでござるか?』
「きゃー! ドロロ! 本当にドロロだよね! いるいる、いるでありますよ。今回はすまなかったでありますなぁ。てか、あのさ、お前。アサシンマジックの、えーと、波長? の、話? ちょっと後で詳しく聞かせてもらうであります、なんか怖いんだけど」
『……』
「え、無視!?」
「悪りぃ、ノイズが入った」
「ひどいな黄色君!」
「だから色呼びすんなっての、うぜぇ」
『……殿? クルル殿? 状態が少々……でござ……な』
「少々お待ち……すぐ調整するぜぇ」
クルルが機械をいじるのを横目に見ながら、ふと、ケロロは気恥ずかしそうに頬をかいた。
「あー……ドロロ?」
『にん?』
「……お前さんが無事でよかったであります。取り返すのが遅くなって、すまなかったでありますな」
『隊長殿……』
「で、さ。すまないついでに頼みがあんだけど、いい?」
夕食にも、結局ケロロは姿を見せなかった。
そのことで頭を悩ませながら、冬樹はケロロの自室の前で腕を組んで立っていた。よし、と一声、自分に勢いをつけて、再びケロロの部屋の扉に手をかけた。と、その時同じタイミングで内側から扉が引かれて、冬樹は思わずつんのめった。
「わ、うわっ!?」
「おやこれは冬樹殿? 大丈夫でありますか」
ケロロは慌てて冬樹に手を差し伸べる。その手を掴んで、冬樹はバツの悪い顔を浮かべた。
「あ、ごめんね、軍曹。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど――」
「ゲロ。奇遇であります。我輩も冬樹殿に頼みたいことがあるのでありました。夏美殿と小雪殿に、もうすぐドロロが帰ってくるとお伝え願いたいのであります」
「え、やっぱり、ドロロはどこかに行ってたの? それに、もうすぐ帰ってくるって、それって」
「ちょっとした野暮用でありますよ。ちょっとした。でも間も無く地球に着くと思うでありますから。心配ご無用であります。それでは、我輩もちょっと用があるゆえ、失礼するであります!」
ピシっと軽やかに敬礼して、ケロロは日向家の玄関へと走って行った。
そのままぴょこんと外へ飛び出す姿を見送って、冬樹は気の抜けた笑いを漏らす。
その時、玄関の音に反応して夏美が部屋から顔を覗かせた。
「あれ? 冬樹が出ていったのかと思ったんだけど、違ったの?」
「姉ちゃん。僕じゃなくて、軍曹がお出かけしたんだよ」
「あ! そうよ、そのボケガエル。結局ドロロがどこにいるのか聞けた? 小雪ちゃんがすごく心配してるんだもの、教えてくれないとひどいわよ!」
腰に手をあてて怒る夏美を見て苦笑しながら、冬樹はケロロの出て行った姿を思い返した。そして微笑むと、夏美を宥めながら居間に入る。
「軍曹は、ドロロはもうすぐ戻ってくるから心配しないで、って言ってたよ。たぶん大丈夫だよ」
だって、ああいう風に軽く飛び跳ねているときの軍曹は、とってもいいことがあったときだから。
冬樹はくすくすと笑って、続く言葉を飲み込んだ。
『――ってワケだから、基地じゃなくて直接西澤タワーに向かってほしいであります。クルル時空は大きめに展開してあるから、たぶんすぐにわかると思うけど』
「その中で戦闘中ということでござるな」
『ポコペン人に影響の出ないようにしようと思うと、今打てる手がそれくらいしかなくってさぁ。我輩達だけで、なんとかメイン部隊を時空に引きずり込んだんでありますよ。頑張ったっしょ! あちらさんの狙いは基地だから遠い場所に誘導もできない上に、何せ、ほら。赤いのが沸騰してたから、そりゃ急いだワケよ』
「あぁ。それは」
ドロロは苦笑して、宇宙船の速度を調整しながら通信を続ける。宇宙を飛んでいるうちはいいのだが、地球の大気圏に突入してからはそれまでのような高速操縦ができないので――あまり速度が速いと空気の動きを地球人に観測されてしまうことがあるので、宇宙法に基づいた制限速度が厳しく設定されているためだ――航行速度を調整する必要があるのだ。
制限速度まで速度が落ちたことを確認して、ドロロは一息ついた。
「了解したでござる。現在の戦況は」
『タママはタワー周辺でクルル時空から逃げ出してきた敵兵を攻撃したり、クルル時空に押し戻したりしてるであります。あと西澤家の防衛も、でありますな。クルルは敵母艦のシステムを乗っ取るとか言って、ラボに閉じこもっちゃったであります。そんで、我輩はタママを援護しながら一緒に戦闘中~、っと』
なるほど、会話の合間にビームの飛び交う音が微かに聞こえる。タママインパクトが発射された音も。しかし、普段ならば必ず聞こえる、戦場でもよく通るあの声が欠けている。
「そして、ギロロ殿がクルル時空で一人で戦っているということでござるな」
『そういうこと。敵兵の9割は中にいると思うであります。赤ダルマったらさァ、最近お前がいないことで相当ストレス溜めてたみたいでさ、もう本当に大暴れしちゃって。すっごいの』
「そ、そうでござるか」
ギロロが大暴れする図というのは想像に難くない。というか、過去の“大暴れ”を思い出すだけでぞっとするくらいだ。確かに、そんな状態のギロロを地球の市街地に放しておくのは危険極まりない、と、地球防衛の立場から、ドロロはクルル時空を展開した判断に感謝した。
そうこうしているうちに西澤タワーが見えてきた。近付くにつれて周囲を飛び交う緑色と黒色の点を見つけて、知らず安心感を覚える。と、ケロロ達もドロロの乗る宇宙船に気が付いたようで、油断なく辺りを警戒しながらも普段通りの気軽さで手を振ってきた。
タワーの近くに宇宙船を停めて、ドロロは外に出る。
時は夕刻、沈みゆく夕日が紅葉に染まる町を更に鮮やかに赤く染めていた。
「隊長殿、タママ殿!」
「お疲れさん、ドロロ!」
「わーい、ドロロせんぱーい!」
心からの笑顔で手を振ってくるタママに同じくらいの笑顔を返してから、ドロロはケロロの方を向いた。そして何かを思いついたように、少しだけ不満げな表情を作る。
「拙者、隊長殿に見限られたのかと思って、肝を冷やしていたでござるよ」
「まっさか! ありえないでしょ、そんなん……あ、でも今日の働きによっては、そうなるかもネェ~? だから頑張ってお仕事してきてほしいでありますヨッ」
「おお、恐い。それは力を尽くさねば。して、空母は落とさなくて良いのでござるな」
「うん。つか落とさないでおいてやって。我輩達の目的は勝利じゃなくて、防衛でありますから」
「承知致した。では、拙者、このままギロロ殿と合流するでござる」
「よろしくであります」
笑い合い、互いに敬礼を返し合うと、ドロロは大気の歪み――クルル時空の入り口をキッと見据えて、迷わずに飛び込んでいった。
時空をまたぐ一瞬、空気が変わったような揺らぎを感じる。が、一瞬後には心地良いジメジメとした湿気に気分が高揚するのがわかった。
ドロロは足取りも堅実に荒涼とした風景の中に降り立ち、体の調子を確認する。
そして目的の人物を探そうと顔を上げた直後、すぐ近くで大きな爆発がおこり、慌てて飛び退りながら刀に手をあてがった。煙の中、目を凝らすとそこには色付いた秋の葉よりも、そして沈みゆく夕陽よりも赤い影。ドロロは思わず口元を緩めてしまったが、次の瞬間、構えた刀を煌めかせて周りを囲んでいた敵を一蹴した。敵が自分との距離を取ったことを確認し、赤い影へと飛び寄る。
青い閃光に気付いた赤い影も口元を笑みの形にさせて近寄り、すぐに2人で背中合わせになった。
「貴様、他所の星で随分と活躍してきたようではないか。その勢いで、コイツらもまとめて蹴散らしてほしいもんだな」
武器を構えて敵との間合いをはかりながら、ギロロが言う。
「ギロロ殿こそ、今日は随分と調子が良いようにお見受けする。そのような武器を持ち出して、このくらい一人で片付けられると言わんばかり」
同じく敵の動向に目を配りながらドロロも答える。
ギロロがフン、と鼻を鳴らした。
「普段使わないような大物も、たまには使ってやらんといかんだろう。武器の状態も俺の腕も鈍ってしまうからな――だが、やはり俺にはこちらの方が性に合う」
そう言うと、ギロロは見た目には軽々と抱えていたロケットランチャーとガトリングを放り投げ、愛用の小銃を取り出して構えた。
ドロロはちらりと振り返り、見慣れたギロロの姿に目を細めたが、自分も懐から手裏剣を取り出して構える。
「腕が鈍るなど、謙遜も過ぎると嫌味でござるよ。しかしやはりギロロ殿は、その姿が、一番、佳い」
「貴様がそこにいるのならば、俺が大物を持ち出す機会も必要もないだろうが。だからこれくらいが丁度いいんだ。……なんだ、その呆けた顔は」
「え、いや、なんか恥ずかしいなぁって――」
と、いい加減、目の前で呑気な会話を繰り広げられていることにしびれをきらせた敵兵の一人が2人に銃を向けた。
その途端、表情を一変させて完璧な戦闘モードとなった2人が、オランジ星人に全軍撤退を決断させるまでそう時間はかからなかった。
「ドロロ」
「おや。これはギロロ殿」
戦いも終わって時刻は既に夜。
空高く、明るく輝いている月を眺めていたドロロは、呼ばれた声に反応して視線を屋根の下に向けた。
ドロロと目が合って、ギロロが笑みを浮かべた。ソーサーを動かして屋根まで上がってくる。ドロロのすぐ傍でソーサーから降りると、そのまま隣に腰をおろした。
ギロロはドロロに倣って月を見上げた。
「忍者娘が心配していたそうだが、もういいのか」
「小雪殿には挨拶が済んだでござるから、もういいのでござるよ。互いの行動を逐一把握し合わなければならない間柄でも無いでござるゆえ」
「そういうものか」
「そういうものでござる。あぁ、そうだ。ギロロ殿。夏美殿にも心配と迷惑をかけてしまったようで、申し訳ない」
「お前が謝ることではない。それに俺に言われても困る」
「そうでござるか」
「ああ、そうだ」
沈黙が降りる。
秋の夜風は涼しく、元気に鳴く虫の声で存外に賑やかだ。
「……時に、バララ中尉の処遇は」
「あの派手な色をしたのは、バララと言うのか。さぁな。珍しくアイツらが真面目に仕事をしているみたいだから、まぁ、な」
「推して知るべし、ということでござるな……南無」
ギロロは神妙な様子で手を合わせるドロロに苦笑しながら、月を眺める。今夜の月は、煌々と白く、美しい。
「……まだでござったな」
ぽつり、とひとり言のように呟かれたドロロの言葉を拾い漏らさずに、ギロロはドロロに視線を向けた。
そこにあったのは青い瞳。
夜空を見ているとばかり思っていたドロロの視線が自分に向けられていたことに気付いて、思わずどきりとする。透き通った柔らかな青色に魅せられる。
ギロロが内心焦っているうちに、ふっとドロロははにかんだように目を伏せて、それからおずおずと顔を上げた。
「ギロロ殿。拙者、まだ言ってなかったでござる」
「な、何がだ」
「帰りの、挨拶を。君に。わざわざ言うのも変かもしれないけど、言いそびれるのも嫌だし。だから」
ドロロはふわりと微笑んだ。
「ただいま、ギロロ君」
ギロロは一瞬呆気にとられたものの、すぐに優しく瞳を細めた。
「……あぁ、おかえり、ドロロ。どうだ、この間の話の続きでもするか?」
「ふふ。それもいいけど。折角だから、拙者が居なかった間の話が聞きたいでござるなぁ」
「そうだな。俺もあの事故のことはいい加減思い出したくないし、その方がいい。さて、何から話そうか――――」
ギロロは笑顔を浮かべて、月に目を戻す。
ドロロもそれを追って月を見つめる。
虫の声のさざめく夜。果てなく広がる空が2人を柔らかく包んでいた。
(2011.11.18)
蝉の声を聞きながら書き始めた文章が、初雪と共に完成。長かった、色んな意味で!
今回のテーマはビー・コネクトの仕様について+ギロドロ風味、でした。
暗殺兵術ビー・コネクト、別名ケロロ君専用超追跡(ストーカー)術。ドロロは“ケロロ小隊のピンチ”というより“ケロロ君のピンチ”に敏感に反応していると思うんです。軍曹は怒ってもいいと思うし、怒る気力も無くドン引きしててもいいですね。
ビー・コネクトは、表紙絵(コンセプトイラスト)では蝶を飛ばしていますが、どちらかというと昆虫以外の虫のイメージです。昆虫ならテントウムシかな。でもメインはムカデとかゲジゲジとか、いや~~な感じの虫。おぞましい。近寄りたくない。そういうモノこそ身に這わせ、手足の様に駆使する、そんな。自分で絵にはできませんでしたが。
今回の敵役、バララさんは今回こっきりの登場ですが、中々おもしろいキャラになったと思います。展開をまとめていくうちにかなり悪いヒトになってしまったのが少し残念。
それから、ドロロ=ゼロロは、あくまで一般兵である、アサシン畑出身だしその能力をフル活用しているけどそれでもあくまで一般兵であって、今はもうアサシンではない。そういうスタンスで構築してみました。と言っても、考えすぎて途中からだんだんわからなくなってきましたが、とりあえずこれからも当サイトはこういう姿勢です、たぶん。ドロロが一般兵であることについては、また別の形で語ると思いますが、例えばクルル“曹長”のような理由なんじゃないかと思っています。とりあえずアサシン部隊の捏造が激しいですね。構成人数は多くないだろうなと思います。精鋭と言われるくらいですし。ゾルル兵長は実質的階級が無効ということなので、ガルルが個人的に拾ってきたのかなーと思っています。どこで拾ってきたんだろう、気になる。
途中まで大したギロドロしてないのに、最後で急にいい雰囲気になって焦りました。そして、ラストのいいムードよりも一緒にバトルしてるシーンの方がギロドロらしくて好きです。燃えます。ドロロ合流前の小隊4人バトルなトコロも好きです。伍長、ラブラブはしばらく我慢しておくれ……。
読んで下さってありがとうございました。
秋の夜長に虫のさざめく – Ⅲ
(ⅰ)
ケロロたちが急襲を受けて苦戦を強いられている頃、オランジ星では、ケロン軍本部テント内が混乱状態となっていた。一般兵にとって普段は滅多に見ることのできない姿――軍帽の代わりに布をたらした帽子、そして口元を隠すマスク――基本的に姿を表さないはずのアサシンが、ただならぬ形相で突然駆け込んできたからだ。隊の参謀は作戦が失敗したのかと顔色を失ったし、若い通信兵は驚愕の面持ちで目の前にいるアサシン出身の男とレーダーとを何度も交互に見比べた。他の者たちもドロロの尋常でない勢いに気圧されて、テントの端に寄って固まっている。
だが、ドロロは、周囲の視線を気にする余裕もないままに、ばさりと頭部の布をはためかせながらバララ中尉に詰め寄った。今まさに淹れたてのハーブティーを楽しもうとしていたところを邪魔されたバララ中尉は、不快そうに眉を寄せた。
「何事だね。騒がしいぞ、ゼロロ兵長。貴様に命じたエリアの敵戦力の無力化はどうなって――」
「中尉殿、現在の地球の状況は!」
「……ゼロロ兵長。まずは上官の質問に答えるべきだとは思わないかね」
バララ中尉が言葉を遮られた苛立ちを露わにする。ドロロは軽く息を詰めて、気持ちを落ち着かせるようにしながら吐き出した。
「失礼しました。敵戦力の無力化は既に完了しています。隣接するエリアの武器破壊も同様に。それで、地球は、」
「ふむ。上出来だ。相変わらず仕事の早い男だね」
「中尉殿!」
報告を聞いて満足したのか、平静を取り戻してティーカップを手に取るバララ中尉に、今度はドロロが表情を険しくして詰め寄った。その剣幕に、テントの隅にいた新米の兵士が身を竦ませる。
しかし当のバララ中尉は、いかにも面倒くさい、といった風にカップを傾けた。
「何だね。地球? さて、今頃ケロロ軍曹殿が侵略に励んでいらっしゃるのではないかね。まぁ、我々とは関係のない話だが」
「侵略……隊長殿が……? いや、違う、あれは」
「今の貴様の隊長は私のはずだが?」
「……失言を。しかし中尉殿、一つだけ答えて下さい。今、地球は、ケロロ小隊は何かしらの危機的状況にある。違いますか」
ドロロの言葉にテント内がざわめいた。
ケロロ小隊と言えば、ケロン星の期待を一身に背負って悲願のポコペン侵略に励む隊として、非常に有名だ。また、その任務内容のみならず、豪華と言っても障りのない名高い隊員が揃っているという面においても注目を集めている。
そのケロロ小隊が危機的状況だなんて、と、驚きと不安がテントの中を伝染していく。それを感じ取って、バララ中尉はカップを手に持ったまま、さも大儀そうに立ち上がった。
「ゼロロ兵長。相変わらずユーモアのない男だね。作り話ならもっと興味をそそる話を考えたまえ」
「作り話などでは」
「ほう。ならばなんだと言うのかね。通信兵、ケロロ小隊から何か通信が来ているかね? 来ていない、まあそうだろうね。ありがとう。さて、ゼロロ兵長。我々にポコペンからの通信は一切届いていない。そもそも侵略活動は常に大きな危険と隣り合わせのものであり、先行工作部隊が何かしらトラブルに巻き込まれることも容易に想定される事態だ。ここまで異論は?」
「……ありません」
「よろしい。では続けよう。そうだね、華々しい活躍を誇る、あのケロロ小隊だ。ケロロ軍曹殿はこれまでも様々な危機を幾度も切り抜けてきたようであるし、もし、今、トラブルに直面していたとしても、それはケロロ軍曹殿の実力からして何でもないことなのかもしれない。そうだろう? いずれにせよ、我々の知るところではないね」
「でも、僕は」
「今日はやけに雄弁じゃないか、ゼロロ兵長」
今度はドロロの言葉にバララ中尉が割り込んだ。カップを持つその指先には力がこめられ、白く色が変わっている。
「まさか、あぁ、まさか――ゼロロ兵長、君は所属を離れた部隊と連絡を取り合い、ケロロ軍曹から直接救援信号を受け取っていたとでも? 従順に私の命令に従う裏でそのような非常識な真似をしていたとでも? それとも、通信機の番号を変えるように命じたのに従わずに残しておいたとでも言うのか、もしや……あぁ忌々しい、貴様、ケロロ軍曹に何か妙な知恵でも吹き込まれたか!」
最後には、バララ中尉は大声で叫びつけていた。強く握られた持ち手にヒビが入って砕け、カップが地面にぶつかって大きな音をたてながら割れた。常に優雅さを保っていた上官の、今まで見たことのない程の怒りの形相を目の当たりにして部下達が身を震わせる。しかしドロロはまったく動じた様子もなく、目を伏せて静かに首を横に振った。
「いいえ。この星に来て以来、地球と連絡をとったことなどありません。しかし――」
ざわ、と空気が揺らめく。
テントの中にいた兵士たちはぼんやりとドロロの体が光ったような錯覚を受けて、目を擦った。
いや、錯覚ではない。
実際に静かな光が青い体に集約し、その光が次第に何かを形作っていく。兵の集団の一角から、ひっ、と息を飲む音が聞こえた。意思をもったようにぞわりと蠢く光、それは、まるで多足類の虫。次から次へと湧き出しては身を這う光を薄く濃く纏いながら、温度の無い瞳でドロロは続ける。
「――暗殺兵術、虫のしらせ(アサシンマジック、ビー・コネクト)。この術は、我々アサシンが、己で定めた対象者の身の危険を察知する術です。僕はその対象を常に“ケロロ軍曹”の波長に合わせています。何の攻撃にも使えないこの術の用途はアサシン個人の自由なものだから……」
ドロロの眼光が零下の鋭さを見せた。同時に虫の動きも激しくなった。かさかさと擦れ合う音すら聞こえそうな程である。
「僕はこの術でケロロ小隊の、いいえ、ケロロ軍曹の危険を感じました。SOSが来ていないのは無事だからではない、彼らは今、救援信号も出せない程の危機的状況に陥っている可能性がある! ……バララ中尉。貴方は知っているはずです、地球の状況を」
テント中から、目の前の会話を理解しきれない、と言いたげな視線が対峙する2人に集中する。
そして、ドロロも詰問するような視線を目の前の男に突き刺す。
しかしそのどちらにも構うことなく、バララ中尉は、不意に口の両端をつり上げた。
「実に、実に興味深い! そんな術もあるとはさすがアサシンだ。ゼロロ兵長、君は実に有能だし、君の活躍は素晴らしい。おかげで我々は戦況を常に有利に運ぶことができている。だが不思議に思わなかったかね、ここ数日のわが軍の圧倒的な勝利の原因を」
「……何、を」
虚を突かれてドロロは戸惑った。
バララ中尉は、ゆっくりと言い聞かせるように続ける。
「拮抗状態がせいぜいのこの戦力で、この侵略作戦を成功させるにはどうすればいいのか。何、簡単なことだ。自軍の戦力が敵戦力を上回ればいい。そしてこの宇宙において、“みんなポコペンを欲しがっている”。さあ、これだけ言えばわかるかね」
「いったいどういう、……まさか!」
ドロロは目を見開いた。
「まさか、地球を――ケロロ小隊を敵に売ったのですか!」
テント中が驚愕に包まれる。次第に大きくなる当惑のざわめきのなか、今や全ての部下の注目を集めることとなったバララ中尉は、それでも華やかに微笑みながら口を開いた。
「人聞きの悪い言い方を。戦略と言ってもらいたいものだ、ゼロロ兵長。例えば、そうだな。現在ポコペンにはケロン軍の総指揮官がいるらしいという噂が流れたとしよう。その噂がオランジ星人の耳に入り、主戦力をポコペンに向けてこの星で交戦中のケロン軍が撤退するように仕向けようと考える……そういうこともあるかもしれないね」
「貴方は……まさか、貴方が」
「情報戦だと言えば分かってもらえるかね?」
「詭弁だ! なんと卑劣なっ……」
ドロロの瞳が怒りに揺らめいた。バララ中尉はそれすらも愉快そうに笑んでみせた。
「卑劣だと? 人聞きの悪い。ゼロロ兵長、私は何もケロロ小隊を見殺しにする気はないのだよ。物事には順序があるというだけなのだから。いいかね、まず、我々がこの星での戦いに勝利し、次にポコペンへ救援に向かう。そこでまた我々がオランジ星人を破って――あぁ、オランジ星人が対物理攻撃強化型装甲を備えていることくらいは、ケロロ軍曹殿にお教えするべきだったかねぇ。紅茶の商船に奇襲をかけたときには物理攻撃しか用いなかったのだから、当然装備だって偏るだろうし――まぁいい。ケロロ小隊やポコペンには少しくらい被害が出るかもしれないが、侵略達成のためなら些少な犠牲に過ぎない。そしてオランジ星もポコペンも、念願叶ってケロン星のものとなる。あぁ、美しい。これが理想形だ! そう思わないかね?」
『思わない、でありますな……少なくとも我輩は』
「なにっ!?」
バララ中尉が両腕を広げて言い放った直後、突然本部の通信機から届いた、聞き慣れない――ドロロにとっては懐かしい――声。
「ケロロ……君?」
ドロロが茫然と呟いた言葉に、バララ中尉は表情を強張らせた。
部屋の中央の通信機から聞こえるのがケロロ軍曹の声だとわかって、兵士たちの興味が中央に集まる。全員の視線が集中しきった絶妙なタイミングで、通信機から再び声が響いた。
『突然の通信、失礼を――おっと、その前に無理矢理通信回線を繋げたことでありますな、これまた失礼を。現在少々立て込んでおりまして、お詫びが後回しになること、お許しいただきたい。我輩はケロロ軍曹であります』
「通信兵!」
「た、只今、回線をチェック中です!」
バララ中尉の怒鳴り声がテントを震わせたが、それに構わずケロロは続ける。
『バララ中尉殿、話は聞かせていただいたであります。いやぁ、御自分の任務を済ませてからポコペンも侵略しちゃおうだなんて、一石二鳥を狙う心意気、野望(ユメ)がでっかいのはいいことでありますなぁ。しかし、ポコペン侵略は我がケロロ小隊の任務であり、他の部隊の救援要請など、現在も、そしてこれからも出す予定はないでありますよ。勝手なことをされるのは困るであります。軍規でも、他の部隊が勝手な判断で余所の仕事に手を出すことは禁止されていること、よもや御存知無い訳ではありますまい』
この言葉に、青い瞳が驚きに見開かれた。暗殺兵術によって確かにケロロの危機を感じたというのに、ケロロは援軍を要請するつもりはないという。危険な状況にあって尚、他の部隊の助けを必要としないその理由は。ドロロは、一つだけその解答に――自分の望んでいた唯一の解答に思い至り、思わず自分の胸元に手を当てた。
――まさか、でも、いや、もしかして。彼が必要ないと言ったものは“他の部隊の援軍”、ならば彼が今、必要としているモノは――……?
ドロロが思考に集中する傍らでは、バララ中尉が声を張り上げていた。
「ポコペンからの通信は完全に切っておけと言ったはずだ、通信兵!」
『く~っくっく、そんなチャチな暗号化で“完全に通信を切っている”……ねぇ』
通信機からケロロのものではない陰湿な声が聞こえてきた途端、古参の通信兵が短い悲鳴をあげた。
『いつから軍の通信機はお子様のごっこ遊びのおもちゃになったんだい? 程度が低すぎる、いっぺん本部の研修受け直してきなァ。音声だけあれば必要十分だからこれ以上は勘弁してやるが、もうちっと危機感持った方がいいぜ……ほれ、サービスだ。く~っくっくっく』
その言葉に反応するかのように、一瞬、立体映像を投影する装置が勝手に作動し、オレンジ色のうずまき模様が表れ、すぐに消えた。顔を青ざめさせながら通信兵が総出でキーを叩き、そのうちの一人が手を止めると、絶望的な表情でバララ中尉を振り返った。
「中尉殿! ケロロ小隊の、く、クルル曹長による通信傍受の形跡を発見! 一番古い日時は――――1週間前です!」
「なんだと!」
『ゼロロ兵長……いや。ドロロ兵長』
普段の余裕のある表情を完全に崩して、バララ中尉は通信機とドロロを交互に睨み付ける。だが、ドロロは通信機の声に全神経を集中させていた。期待と不安、複雑な感情に、それでも瞳を輝かせながら。
『ケロン軍本部より、先日の貴様の部隊異動命令が、今、たった今、取り消されたであります。よって、貴様はこの時より、再び我がケロロ小隊の一員――ドロロ兵長! 直ちにポコペンへ、我々の任務地へ帰還せよ!』
「……!」
ドロロの瞳が力強い光を取り戻していく。その頬には血の気が戻り、喜びに、ただただその顔を輝かせている。横でバララ中尉が何事か叫んでいるのも耳に入らない。
「何を言っている、私はそんな命令を聞いていない! おい、ゼロロ兵長、勝手なことは許さんぞ!」
『だから今出たばかりなんだっつーの。もうすぐメールが行くはずだぜェ、どうぞお楽しみに。くっくっく……』
「……了解!」
居ても立ってもいられない、といった風に、ドロロは身を翻しテントを飛び出して行く。テントの外で立ち聞きしていた兵士達が、慌てて避けようとして互いにもみ合っているのを気にもとめず、軽々と遥か頭上をジャンプして飛び越えた。
その軽やかさと生き生きとした表情につい見惚れている部下に対して、バララ中尉は急いでドロロを追うように命じた。我に返った部下達が慌てて動き出そうとしている間にも、ドロロは風のように先へと進む。目指すはケロン軍小型宇宙船の格納庫。
「止めろ! ヤツをポコペンへ行かせるな!」
「中尉殿、し、しかし」
『おぉ~っと、小型艇の発進に協力してもらうぜぇ、ソッチの技術職さん方よ。抵抗したけりゃしてもいいが、いいか、言っておくが俺様はそれを全部押さえつけるし、宇宙船は飛ぶ。結果が同じなんだから手間の少ない方で頼むぜ。何しろ、侵略対象の星がひとつと、特殊任務活動中の小隊ひとつの存亡がかかってんだからなァ……』
もの凄いスピードで勝手に操作が進んでいくパネルを見た通信兵が、躊躇しながらもクルルの言葉に納得して格納庫のロックを解除する。整備兵もシステムを起動させ、宇宙船に問題のないことを確かめて飛行許可状態へと操作した。あとは誰かが乗り込み、搭乗者が発進させるだけ――と、その時、一隻の小型宇宙船が無事に発車したことがランプの点灯によって本部テントに伝えられた。
「貴様らぁっ!」
『おお。忘れておりました』
歯ぎしりをしながら拳を固く握りしめたバララ中尉であったが、再び通信機から響いた声に思わずその手を緩めた。なんとも言い難い、威圧感の籠められた声音がその場を支配する。
『先程の中尉殿とのやり取りは、全てケロン星へと同時通信しております。中尉殿に対しては、先日の命令の取り消しと同時に、ケロン星への召喚命令も出ていると思うでありますが……いや、これ以上は出過ぎた真似でありますな。バララ中尉殿。ポコペンは我輩にお任せ下さい。それから、数々の御無礼ご容赦下さいますよう。それでは――』
「……なんと、いうことだ」
通信が切れると同時に、ケロン星からの一通のメールが届いた。バララ中尉はがくりと肩を落とす。自分の周りにケロン軍の調査が入れば、何がしかの処分は免れないだろう。バララ中尉は放心したまま、足元の割れたカップと零れた紅茶を見つめていた。いつも心を癒してくれるハーブティーの匂いが、今はやけに鼻につく――ぼんやりとそんなことを思い浮かべながら。
→Ⅲ(ⅱ)
ケロロ君がドロロを見捨てるはずがない。わかっていても不安になっちゃうドロロ心(違)。それと曹長万能説。てゆーか、自分から悪事をペラペラ喋っちゃうなんて、なんて典型的な悪役!
(ⅱ)
日向家直通、ケロロ小隊地下秘密基地。作られた当初はシンプルな構造だったこの基地も、無謀無秩序無計画な増改築を施され、今ではちょっとした迷路のようになっている。
その地下基地を迷わずに進む足音がひとつ。その足音の主、日向冬樹は、腕を組んで重い溜息をついた。
「東谷さんのためにドロロのことを軍曹に聞きに行くなら、自分で行けばいいのにさぁ。姉ちゃんったらわざわざボクに行かせるんだから。ヒドイよね、まったく」
ケロロの自室が無人だったので、きっと地下基地にいるのだろう。冬樹はそう検討をつけて、足取りの重いままに基地内の会議室へ向かう。
せっかく自分の部屋でのんびりとオカルト雑誌の最新号を読んでいたというのに。小雪の悩みをケロロに聞くのなら、引き受けた夏美自身が聞きにいくのが筋だろう。学校から帰ってくるなり開口一番、地下基地まで追い立てられてはたまったものではない。まぁ、今日の食事当番は夏美なのだから、手の空いている自分が行かされることも仕方ないのかもしれないけど。
色々と文句を考えつつ歩くが、先程から気分は重くなる一方だ。しかし、冬樹の気を重くしている一番の原因は、これらの文句とは別のところにある。
「……姉ちゃんもわかってるくせに、人に行かせるんだから」
言うと、嘆息。
最近、ケロロ達の様子がおかしいことは冬樹も気づいていた。
ケロロは普段通り家事手伝いをし、漫画を読み、ガンプラを作っている。だが、ふいに厳しい表情を見せるときがあった。それを冬樹が指摘すると、にへら、と笑って何でもないと言いながらそそくさと自室へ引きこもってしまう。なんとなく、いつもと様子が違うのだ。ギロロも銃を手入れする手が止まってぼんやりしているときがあるし、先日など、うっかりと焚き火の火を絶やしてしまい、大慌てしている姿を見た。それに、普段からまず姿を見せないクルルはともかく、西澤家に居候しているタママの様子もおかしいようだ、と、ちょうど昨日桃華から相談を受けたばかりだった。
そこへ追い打ちをかけるような、小雪の言葉。
これで何もないはずがない。
いつもの悪ふざけや、へっぽこな侵略作戦なら問題はないのだけど、でも、たぶんそうじゃない。深刻な事態が発生しているときや身内のトラブルに揉めているとき、彼らは決まって地球人を関わらせないように行動するのだから。
そうこう考えているうちに目的の部屋が見えてきた。
なんとなく緊張した面持ちで、冬樹は扉の前に立つ。スムーズに開いた自動ドアから顔を覗かせて、冬樹はケロロを探す。
「軍曹、いる? ちょっとドロロのことで聞きたいことがあるんだけど……」
「おや! おやおや、冬樹殿! 申し訳ないでありますが、今少々立て込んでおりましてな、用事ならまた後で聞くでありますよー、ってことなんで、御免ねー、またねー、ほいっと」
「え? え? え、ちょ、ちょっと、軍曹!?」
後光の射しそうなほどイイ笑顔でまくし立ててくるケロロに呆気にとられているうちに、有無を言わせぬ強引さでぐいぐいと押されて、冬樹は部屋から外へと追い出された。
そして状況が飲み込めずにぽかんとしている間に部屋の扉は閉まってしまった。慌てて再び近寄るが、自動ドアのスイッチが切られてしまったようで、扉が開く気配はない。
あっという間の出来事である。
参ったな、と冬樹は頭をかいた。
強く拒否されていることを体現するかのような、静まり返った基地の空気。
設備の稼働音だけが静かに聞こえてくる空間にしばらく佇んでいたものの、少なくとも今日はもう話を聞くことができないようだと見当をつけた冬樹は、とりあえず自分の家に戻ることにした。
今の出来事そのままを夏美に話せば、夏美は怒ってケロロの元へ乗り込むだろう。そうすればケロロも話さざるを得なくなるはずだ。だが、冬樹はなんとなくそうする気になれなかった。気軽な気持ちで関わるべきではない、と肌で感じた、あの緊迫した空気。できれば、無理に話を聞き出すことはしたくない、ケロロ達が落ち着いた頃に自分達に話してくれればそれでいい。そのためには、今は誤魔化しておくのがいいだろうけど、どうやって夏美を誤魔化そうか。冬樹はまた別のことで頭を悩ませるハメになり、再び溜息をついて歩き出したのだった。
一方、会議室内には張りつめた空気が流れていた。
互いに向かい合うように寄せられた机に着席するのは4人。いつも静かに参加している青い姿は無く、欠席時の身代わりパネルもない。ポカンと空いたスペースを見つめつつ、ケロロはホワイトボードを背にしてただ静かに着席していた。
ゆらり、と机の一角で赤い帽子が揺れた。
「どうやらポコペン人にも感付かれているようだな。こうなれば、お前がドロロを外した理由がはっきりするのも時間の問題だ。時間を無駄にする前に、いい加減聞かせてもらおうか」
片腕を机に乗せ、身を乗り出してギロロが静かに口火を切る。
極度の怒りを無理に抑え込むと、こうも静かになるのだろうか――低い低い、地の底から響くような低い声である。堪えきれぬ叫びが滲みだしてくるかのような口調に、向かいの椅子に座るタママが身を震わせる。
ギロロやタママの様子とは裏腹に、心ここにあらずといった風で沈黙を貫くケロロ。
入り口に近い席に座っているクルルはだらけた姿勢で自分には無関係とばかりにパソコンをいじっているし、モアは会議が始まる前にお茶を持ってきたきりひっこんでしまい、不在だ。
せめてあの女でもいれば、もう少し違った空気になったかもしれないのに。肝心な時に使えない女ですぅ。
そんなことを考えながら、先程からずっと続いている重苦しい空気に耐えかねて、タママは居心地悪そうに尻尾を動かした。そして、なにもかもが突然にやってきたこの1週間を思い返す。
ある日、地下基地でトレーニングをしていたら突然意識を失った。
目を覚ました時には医務室に寝かされていて、ヤバいガスを吸ったので安静にするように言われた。いきなりヤバいガスなんて言われても、自分は何も話を聞かされていなかったというのに。貧乏くじをひいてしまったような展開に辟易としていたところで、これまた突然聞かされたのは、ドロロがケロロ小隊からいなくなったということ。
(ほんと、寝耳に水って感じですぅ)
タママはこっそりとギロロの様子を伺う。ギロロは怒りのあまり発熱しており、真っ赤な炎が周囲に揺らめいているような感覚さえする。蜃気楼が見えているのはおそらく目の錯覚ではないだろう。普段から不真面目なケロロに対してあれやこれや怒鳴りつけているギロロだが、この件に関しては、一貫して静かにケロロを問い詰める姿が見られるだけだった。しかし、その分、ギロロの胸の底に沸々とした怒りが蓄積されていくようで、それがいつ爆発するか知れなくてタママは気が気ではない。
ギロロが手を固く握ってもう一度口を開く。
「ケロロ」
「だから、その話は、今する話じゃないって言ってるでありましょ。それよりも、今週の侵略作戦でありますが――」
「説明しろと言っている、ケロロ!」
業を煮やしたギロロが、机に握りこぶしを叩きつける。
その音に身を竦ませたタママだったが、おそるおそると言った風にケロロの方を向いた。
「軍曹さん、ボクも聞きたいですぅ。ドロロ先輩のこと、ちゃんとお見送りもしてないし、今どこにいるのかも知らないし、ケータイだって繋がらないですぅ。せめてドロロ先輩が部隊異動をすることになった理由くらいは聞きたいですけど、それも聞いちゃダメなんですか?」
「……」
「軍曹さぁん」
やはり、話すつもりはないらしく、この話題になるとケロロは完全に口を噤んでしまう。
すっかりお手上げの気分で、タママはジュースのカップを引き寄せて、ずるずると音を立てながらストローを吸った。そしてケロロからは視線を外したものの、ギロロに視線をぶつけるのは恐い気がしたので、消去法で仕方なくクルルに目をやった。
いつもと打って変わって静かな態度のケロロとは対照的に、まったくもっていつも通りの様子のクルルである。こんな重苦しい空気の中でもいつもと変わらないこの態度。ある意味凄い、と半ば呆れながら思う。今のクルルはヘッドホンで音楽を聞きながら、パソコンで何か作業をしている。会話に参加してくることもなければ、誰かを茶化すこともない。
と、タママはお菓子に伸ばしかけた手を止めた。
(……あれ? “茶化すこともない”?)
自分の思い至ったことに、はた、とタママは瞬きをする。そして慌ててクルルの方に向かって顔を上げた。
「んぁ? なんだい、タマちゃん。く~っくっくっくっ」
「え、いや、な、なんでもないですぅ、なんでも!」
視線に気づいたクルルに愛想笑いで誤魔化してから、タママはこっそりとケロロとクルルを見比べた。
そうだ。そうだった。クルル曹長という人物は、場が荒れているときにも飄々とした態度を崩さず、それどころか面白がって掻き混ぜてくるような人物だ。しかし、そのクルルが今日は随分とおとなしいではないか――余計な口を挟んでこないのだ。相当わかりにくいが、クルルの様子も“いつも通りではない”ということなのだろう。タママは何か大変な発見でもしたかのように、興味深く頷いた。
一方、ケロロがどうしても話そうとしないことに苛立ちを隠さないまま、ギロロが矛先をクルルに向けた。
「お前はどうなんだ、クルル。何か知っているのではないのか」
クルルはギロロの鋭い視線を受けたにも関わらず、気にしない風に高く笑って、頬杖をついたまま片手をひらひらと振った。
「知ってるかどうかと言われりゃあ知ってる。でも、隊長に話すなと言われたことを話すワケにはいかないんでねぇ。残念でした。せいぜい頑張って隊長から聞き出しなァ。くくく……」
「ええい! 貴様ら、いい加減にせんか!!」
「わわ、ギロロ先輩、ダメですぅ!」
「止めるな、タママ!」
椅子から立ち上がり、今にも二人に殴りかかりそうなギロロをタママは慌てて止める。
しかし、ケロロは見ているだけだし、クルルに至っては挑発するかのように笑うのをやめようとしない。あぁ、この場に足りないものは冷静で大人な常識人だ、と眩暈を覚えながらもタママは必至にギロロをなだめようと試みるが、いかんせん状況が悪すぎる。
「ダメですぅ、ギロロ先輩、落ち着いて下さいですぅ」
「何とか言え、ケロロ! いつまでだんまりを決め込むつもりだ!」
「……」
「おー、こわいこわい。くっくっく……」
「クルル、貴様!」
「ゴルァアア、黄色も煽ってんじゃねぇええ! あぁん、ギロロ先輩、お願いですから落ち着いて――!?」
「!」
裏タママが本気でキレそうになったその時、聞こえた電子音に全員の動きが止まった。
「アラームですぅ!」
「敵襲か!?」
基地中に響き渡る緊急警報のアラーム。
その音に反応してケロロが素早く顔を上げた。同時にクルルがパソコンを操り、準備していたかのようなスピードで部屋の中心に大きくスクリーンを展開する。
絶え間なく更新される各種データと共にそこに映っていたのは、地球に侵入してきた巨大な宇宙船の映像、そして完全武装で続々と降り来る宇宙人の姿。
「これは――……」
「このヒトたち、訓練校で習った覚えがあるですぅ。確か、オランジ星人でしたっけ」
「あぁ。ポコペンの大気圏突入からこっち、迷わず一直線に日向家を――いや、この基地を狙ってきてやがるみてェだな」
クルルがコンピュータを操作しながら答える。
「ソッコーでアンチバリアを強化したが奴らの進路に変更なし。基地の座標は知られてるみてぇだし、あの重装備だし、間違いねぇ。狙いは地球じゃ無くて基地(ここ)だ、くくっ」
「座標が知られているだと? いや、だが、それよりも何故だ。ケロン星とオランジ星は同盟関係にあったはずだろう」
「それはちょっと前までの話であります。1週間前に衝突があってから、オランジ星と我がケロン星は交戦状態にあるでありますよ」
「1週間前、それって……軍曹さん」
ドロロがいなくなったのと同じタイミング。
タママが最後まで口に出さずとも、誰しもが同じことを思い描いた。会議室に、また別の緊張感が漂う。ギロロが、何かを探るような視線をケロロに向けた。
と、緊張した空気を破って小さくクルルの笑い声があげられた。
「基地及び日向家へのバリア展開完了。迎撃システム及び自動反撃システムへの許可、第3レベルまで完了。使用可能武器へのアクセス権全解除、イけるぜェ、隊長」
猛烈な速さでコンピュータを操作しながら、クルルはケロロを見てにやりと笑う。
よろしい、とケロロは隊員に向き直った。
ギロロとタママは息をのむ。
先程までの気の無い様子とは全く違う、強い意思をもった黒い瞳。思わず2人は姿勢を正した。
一方のケロロは大きく息を吸い込む。
「総員、ただちに戦闘態勢! まずは我輩が交信を試みるでありますが、話し合いが不成立、もしくは決裂した場合は速やかに奴らを追い払うであります!」
「了解!」
部下達は敬礼をし、すぐに基地を飛び出して行く。それを見届けると、ケロロ自身も素早く踵を返し、会議室を後にした。
「……って、言ったはいいけど結構キツイですぅ~!」
ソーサーで空を一直線に駆け抜けながら、タママがぼやく。
戦闘準備を整えてソーサーを引っ張り出したところで、早速攻撃を仕掛けられた。話などする気が無いようなのは一目瞭然だ。すぐにギロロと2人で飛び出したが、相手もかなり本気らしく、兵の数も武器の揃えも半端なものではない。先程からタママインパクトを何発も撃っているが、全く敵の数が減ったと思えなくてうんざりする。
「集中しろ、タママ! 右だ!」
声に反応して振り向けば、かなり近くに見えるビーム銃の銃口。
あ、マズイ――そう思った瞬間目の前の敵に別の方向からビームが当たり、こちらを狙っていた銃の持ち主ごと落下していった。
「油断するな、タママ」
「ありがとうですぅ、ギロロ先輩」
隙のない構えで銃の狙いをつけながら、ギロロが飛行ユニットを操作してタママの近くに寄る。そして軽く舌打ちをすると軍帽に手を当てた。
「クルル! 反撃システムを出し惜しみするな、フルに使え!」
『く~っくっく……俺様がそんなケチな男に見えるかい? とっくに全開っスよ』
「くそ! 数が多すぎるぜっ」
ギロロは使い慣れたハンドガンを自分専用武器庫に放り込むと、その手で大型のランチャーを取り出して、構えた。
「ただ数が多いだけならこれでなんとかなるんだがな……」
狙いを定めて引き金を引く。連続する大きな反動を全身で受け止めながら弾の行先に目を凝らすと、敵の乗っている宇宙船に全弾命中したのが確認できた。
しかし、ギロロは面白くなさそうに口の端を歪めた。
「ちっ。やはりか」
『時代遅れの、対物理攻撃超強化型装甲でありますか……あーもう、今のウチじゃあ相性最悪だっつのっ』
ケロロの声が通信機から聞こえた。ギロロは内心で頷きながら武器を中型のビームライフルに持ち替える。
実体弾とビーム弾の使用される比率が同率――いや、ビーム弾の割合の方が多くなってきている近年、ビーム攻撃への防御を疎かにして物理攻撃への耐性に特化した装備を採用する星はごく稀だ。ほとんどないと言ってもいい。しかし、現在の交戦相手はそのごく稀な星のひとつであるようで、ひたすらに物理攻撃への耐性を強化した装備をしている。
対物理攻撃超強化型装甲を備えた敵を相手にしたときの対処のセオリーは何か。
それは、実体弾を使わずに、ビーム弾・ビーム砲で攻撃することだ。
至極単純な話だが、それも有効となるのは互いの装備が同程度のレベルの時の話である。今の状況は、こちらは一人一人の能力が高いとは言えわずか4人、おまけに小隊の編成は不完全だし、対する敵は中型宇宙船が4隻に大型空母まで控えていて物量では圧倒的に不利だ。更に、現在のケロロ小隊の装備とは相性の悪い装備品を集中的に揃えられているおかげで、万遍なく用意されたギロロの手持ちの武器のうち実体弾はほぼ無意味となった。もちろん、強い衝撃を与えるので気持ちばかりの足止めにはなるのだが、これだけ敵の数が多いと足止めなど意味をなさない。
タママが喚く気持ちもわからないでもないな、とギロロは思わず渋面を作った。しかし、ややうるさすぎると思い直し、後で説教をしようと心に決めながらタママの背後に回った敵を撃ち落とした。
「あぁん、ビーム銃が足りないですぅ! てか埒があかねぇんだよ! クルル先輩、ロボは使えないですかぁ?」
『喜べ、こないだの事故の影響で整備中だ』
「どうしてこう肝心なときにー! くっそ使えないですぅ!」
タママインパクトを放ちながらタママが悪態をつく。
「タママ、飛ばしすぎちゃダメでありますよー」
「まだまだイケるですっ、……あ、軍曹さんありがとうですぅ!」
ケロロがソーサーに乗って合流してきて、タママに基地から背負ってきたビーム砲を投げて寄越した。タママは笑顔でそれを受け取ると、躊躇せずに敵の密集している場所へ向けて撃ちこんだ。
タママの撃ったエネルギー波によって敵兵の集団が西澤家敷地内へ落ちていくのを確認し、ギロロは今度はこちらに近づいてきたケロロからビーム銃のエネルギーカートリッジを受け取りながら尋ねる。
「どうだ、様子はっ」
「さっきから変わんないでありますなッ」
そして同時に相手の背後の敵を撃ち落とすと、目を合わせてにやりとする。
「ポコペン侵略じゃなくてケロン軍(ウチ)狙いの攻撃だから宇宙警察は出てきやしないだろうしさっ。とりあえずここじゃポコペン人に気付かれる恐れもあるし、クルルの準備ができ次第“アレ”に引きずり込む、でありますから……って、あーもう鬱陶しい、ゆっくり命令も出せやしないっつの! 多いし固いし面倒くさいし、こういうときにドロロのありがたみを思い出す、でありますなっ」
よく狙い、確実に敵にビームを当てながらケロロがぼやく。
「そのことだが、いつになったら説明するつもりなんだ、貴様はっ。いや、こうなりゃ説明もいらん、土下座でも何でもしてとっととドロロを連れ戻して来い! そろそろ洒落にならんぞっ」
無造作に連射しているように見えるが、一発も撃ち漏らすことなく敵に命中させながらギロロが怒鳴った。
色々とセオリーの効かない敵を相手にしたときに頼りになるのが、ケロロの言葉で言うと“チート級”の強さを持つ、ドロロ兵長だ。
戦場を縦横無尽に飛び回って武器を破壊し、特に装甲の固い敵から戦闘不能にしていく。彼の刀に斬れないものはないし、ビームだって跳ね返してしまう。その身から繰り出される忍術やアサシンマジックは常識という物差しから大きく外れていて、なにそれ反則、と突っ込みを入れたくなる程の強さだ。ギロロはこれまでドロロの立ち回りを低く評価してきたつもりはないが、こうして苦戦しているときなど、彼の存在の大きさを痛感する。まぁ、それを意識すると同時に少々悔しい気持ちも湧いてくるのだが、そんなことを考えられるうちは自分も余裕があるのだろう、と、ギロロは愉快気に笑みを漏らした。
「もうすぐであります」
「何?」
カートリッジを交換しながらケロロが呟く。その瞳がいつになく焦りと本気の色を含んでいることに気付いて、ギロロは口を閉じた。
「もうすぐでありますよ。もうすぐ。きっとね……」
「……まぁ、せいぜい急いでもらいたいものだな。その前にこの状況を乗りきることができれば、の話だぜ」
「そうねェ。さすがに、久しぶりに、ちょぉーっと、ヤバいでありますからなぁ」
ケロロは敵に狙いを定めると、言葉とは裏腹に、にやり、と不敵に笑った。
そしてタイミングをはかり――力強く引き金を引いたのだった。
→Ⅲ(ⅰ)
皆、それぞれの場所で奮闘中。戦闘シーンってむずかしいです。でも好きです。