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某蛙型侵略宇宙人についての萌え語り&日々のできごとをつれづれと書き記すためのブログ。文やら絵やら、好き放題。
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秋の夜長に虫のさざめく – Ⅱ



 (ⅰ)
 「うむ……やはり紅茶はオランジ星のものに限るね。香りが違う。そうだろう?」
 「はい」
 「この素晴らしさは何に例えればいいだろうね。咲き誇る薔薇の花のようでいて、百合の花のような主張しすぎない奥ゆかしさが……うまくないな、いまひとつだ。あぁ、しかし、一度この星の紅茶を飲んでしまうと他のものを飲むことができなくなってしまうね。ますますこの星が欲しくなった、そう思わないかね、ゼロロ兵長」
 「はい」
 「やれやれ。まったく君という人物は、私が何を尋ねても同じ返答ばかりだ。意見を聞いても必要最低限のことしか口にしない。ユーモアのない男だ。仕事をこなしているだけで十分、それ以上を望むのは欲張りというもの、そういうことかね?」
 「……そのようなことは」
 「イエス以外の君の言葉を聞いたのは久しぶりだよ、ゼロロ兵長」
 バララ中尉は喉の奥で笑った。それを見ているドロロの表情は先程から一向に変わらない。バララ中尉はそれすらも愉快そうに、ただ少しだけ困ったように微笑んで首を振ると、お茶請けのクッキーを指でつまんだ。
 ここはテーノン星雲第7番惑星、通称オランジ星内、ケロン宇宙侵攻軍第二中隊本部テント。
 ドロロがケロン軍第二中隊に異動となったその足でこの星へ来てから、既に1週間が経とうとしていた。オランジ星人は元来穏やかな気性の宇宙人だが、この星の名産である紅茶を取引中のケロン人の商船に一方的に攻撃を仕掛けてきたということで、現在、バララ中尉の指揮の下で侵略作戦の真っ只中であった。オランジ星人の揃える装備は、重要な貿易商品である紅茶を狙う不届き者に対処するために中隊規模のケロン軍のそれを上回るものがあるが、ケロン軍は経験と、そしてドロロという強力な情報収集ツールを武器に対抗していた。当初は拮抗状態が続いていたものの、ここ数日はケロン軍が優勢であり、優雅にティータイムを楽しむ時間の余裕もできたほどだ。
 軽く焼き上げたクッキーの食感に目元を緩ませつつ紅茶の香りを存分に吸い込んでから、バララ中尉は思い出したように一枚の紙片を差し出した。
 ドロロは無駄のない動きでそれを受け取って、書かれている文章を確認してから紙片を返す。
 「明日までだ。ここに書いていることを済ませてもらいたいのだが、できるかね?」
 「問題ありません」
 「では、任せたね」
 「了解」
 青い体が敬礼を返した、それを認識したと思った途端にドロロの気配は薄れはじめ、すぐにわずかな空気の揺れを残して姿が消える。それに遅れて、側で作業していた兵士が顔を上げ、おそるおそる、といった風に詰めていた息を吐き出した。
 「どうかしたかね?」
 「はっ、中尉殿。いえ。アサシンというものは本当にすごいな、と」
 「んん。そうだね。彼はここに来てから全ての任務を成功させているしね」
 「さすがはケロン軍の誇るアサシン……いえ、そのアサシンでもトップをとった男、ということでしょうか。ゼロロ兵長は、今も、まるで魔法のように消えてしまいました」
 「そうだね。だが、アサシンというのは、一様にどうにも気味が悪い」
 バララ中尉は鼻で笑った。
 「ゼロロ兵長。彼は非常に優秀だ。疑問を挟まず任務を受諾し、的確に遂行し、無駄なことをせずに戻ってくる。便利で使い勝手がいいのは確かだ。だが致命的なことに、あまりにも人間味が無いと思わないかね。最近発表された、最新型ロボットの方がまだ感情豊かじゃないかとさえ思うね」
 「あぁ、あのロボは。そうですね。それにしてもあのアサシンのガスマスク、重苦しくて見ているだけで気が滅入ってしまいます。どうにかなりませんかね」
 部下の言葉に笑いながら同意して、バララ中尉は紅茶を飲み干した。そして、カップを戻すと机に積まれていた書類に目を通し始めた。同時に新しく得た情報を伝えようと何人かの通信兵が慌ただしく入ってきて、先程までいた青い影のことなどすっかり忘れてしまったかのように、テントの中は活気を取り戻していった。




 風に木の葉を揺らしながら、一本の大木が空に向かって伸びている。
 その高く伸びた木の頂点に音もなく足をつけると、ドロロはふぅ、と息を吐いた。何気なく口元に手をやり、しばし硬直してから腕を下ろす。そして気怠そうに首を上に向けた。
 オランジ星は、淡橙色の空が美しい星だ。白い雲が姿を変えながら風に流れていく様は、幼い子どもの好みそうな甘いお菓子を彷彿とさせる。だが、常に淡橙色の空は、いくら眺めても心慰められることが無い。気分転換でも、と思い久しぶりに空を見上げたが、かえって胸に痛みを覚えるだけだった。抜けるような青い空を恋しく思っては沈む心を叱咤して、今日もなんとか持ち直す。
 ドロロは固く目を閉じた。
 落ち込んでいる場合ではない。
 地球を恋しく思っている場合ではない。
 自分が居るのは戦場だ。余計な考えは任務の邪魔だ。何度も自分に言い聞かせる。
 ――だがしかし、完全に割り切れるものでもない。
 この星に来てからというもの、一日たりとて地球を思わない日は無かった。愛する故郷に逆らうことになっても守りたい、そうまで決心したほど美しい星。豊かな自然と心優しい人たち。命の恩人であり、また、共に修行を重ね心通わせた大事な仲間、小雪。小雪のことを考えると、つらつらと思い出されるのは忍術修行に励んだ日々であり、それから小隊の皆の顔である。
 「ケロロ君……ギロロ君」
 辺りに気配を感じられないときは、その名前を口に出してみることもあった。
 ドロロは薄く瞳を開き、冷静に周囲の景色を視界に入れながら考えを巡らせる。
 唐突な部隊異動命令だった、と思う。
 もちろん、正式な書状による正規の通達を、末端の一兵士である自分が拒否できるはずもないのだが、だからといって、納得もいっていない。どれだけ、あの場で命令を跳ね除けて、自分は地球に身を埋めるのだと宣言してしまいそうになったことか。どれだけ、突然の命令の理由をケロロに問い詰めようと思ったことか。しかしそれをドロロに躊躇わせたのもまた、ケロロだった。
 これまでも、“アサシントップをとった男、ゼロロ兵長”を、ぜひ自分の部下にしたいといった申し出は数多く持ち込まれてきた。それでも、そういう話は動向を伺って慎重に避けてきたし、強引に小隊まで話を繋げてきた人物に対してはケロロがのらりくらりと断っていた。
 それが今回はケロロ直々の命令である。いつも全身でやかましくしている男が、表情を固くし、硬い声色で――声をかけられることを拒否するような雰囲気を醸し出しながら告げてきた。ドロロの見る限り、何かしらの洗脳術を施されている様子はなかったし、何者かに脅されている雰囲気も見受けられなかったのだから、ケロロの意思によって発せられた命令であることは間違いないだろう。まさか、ケロロがいつまでも地球侵略を邪魔する自分をついに見限ったのだろうか。そう考えるだけで絶望感に襲われる。そんな動揺を態度に表すことなく済んだのも、アサシンとしての訓練の賜物か、とドロロは自嘲するようにひそやかな笑いを風に乗せる。
 一羽の鳥が、軽やかに目の前を横切っていった。ドロロはそれを目で追ったが、それもすぐに見えなくなった。
 ドロロは寒気を抑えるようにして、両腕を体に回す。
 ケロロの真っ黒な瞳を覗き込むのが怖かった。自分を否定するように重く鈍く光るケロロの瞳を見てしまったら、自分は立ち直れなくなる。それで、つい反射的に目を閉じた。そしてそのまま全ての感情を仕舞い込んだ。後に残るのはただ凍て付いた精神。何事にも動じてはいけない、それは例えば強固な氷のように。
 ドロロの青い瞳が険しく細められた。
 何としても理由をつきとめる。
 地球にいたころに比べて今は随分忙しいので、任務に関係の無い情報収集をする余裕はない。しかし、どれだけ時間と手間がかかったとしても、自分が部隊異動させられた理由を――それ以上に、ケロロの真意を突き止めてみせる。ケロロの側にいられなくなってもいい、それがケロロの意思ならば自分は甘んじてそれを飲み込もう。ケロロの判断に自分が従わないことなど無いのだし、部隊が違ってもケロロを守ることはできるのだから。だからせめて、本人の口からそのことを告げてもらいたい。ドロロは、まだどこか虚ろな様子で空を眺める。
 ――ただ願わくは、ケロロ君の身に何もあらんことを。
 ケロロの立場を案じて、ドロロは微かに表情を曇らせた。
 と、その時視界の端に白い煙が見えた。作戦開始の合図である。
 ドロロは即座に思考を切り替える。不必要な思考は瞬時に凍結。必要なのは結果を出すための判断力。ほら、今日も完璧だ。
 必要最小限の動きで、ドロロは木の梢から飛び立った。しかし、未熟にも、一瞬己の感情が揺らいだのを自覚する。
 「……挨拶、しそびれたでござるな」
 もう帰ることのないこの身に、いってらっしゃい、と声をかけてくれた彼らに――。
 はらり、と梢から一枚の葉が落ちていく。
 その木の葉が地面に付くより早く、ドロロは敵陣の最奥へと風のように進入していた。




 「え? ドロロが帰ってこない?」
 「はい……もう1週間になります。学校から帰ったら、荷物がすっかり無くなって――ううん、これ以外無くして、いなくなっちゃって」
 同日、太陽系第3番惑星地球、午後。
 気が塞ぐような薄曇りの中、いつものように小雪と夏美が連れ立って下校していた。いつも、夏美といるときは明るく表情を変える小雪が、だが今日は肩を落とすようにして歩いている。夏美は隣で気遣わしげにしていたが、小雪が差し出したものを見てしばらく考えてから、あ、と声をあげた。そしてそのまま小雪の手に握られたものを指差した。
 「それってもしかして、ドロロがいつも口に巻いてる布?」
 「はい。これ、ドロロの口布です」
 小雪の手の中にある、薄い灰色の一枚の布。それは、ゼロロがケロン軍のマスクを脱ぎ、ドロロと名を変え、代わりに身に着けるようになった口布だった。
 「本当に、これだけ残して……あとは何にも。家の中が綺麗に片づけられて、ドロロの持ち物だけが無くなってたんです」
 「小雪ちゃん、ドロロから何も聞いてないの?」
 「はい。あ、別にちょっとくらい連絡がとれないのは珍しいことじゃないんですよ。忍ですから。でも、そういうんじゃなくて、ドロロは優しいから、いつも一言残してくれたんです。お買い物に行く時も、しばらく留守にするときも、お友達と一緒にいるときも。でも……」
 「今回は何も言わないで、その布だけ残して……?」
 「はい」
 小雪は布をギュッと握りしめる。痛々しい程に落ち込んでいるというのに、それでも自分のこと以上にドロロの身を案じている姿に、こちらの胸まで痛くなる。夏美は慌てた。
 「だ、大丈夫よ小雪ちゃん! きっとまたボケガエル達と何かやってるだけよ、きっとそう! あ、もしかしたらボケガエルに何かイタズラされてて連絡がつかないのかもしれないわ。もう、帰ったらボケガエルのやつ、しめておかなきゃいけないみたい、ね?」
 「夏美さん……」
 夏美が無理矢理明るく言ってみせると、それでも小雪は安心したのか少しだけ笑顔を見せた。それに夏美もほっとする。ちょうどそれぞれの家も見えてきたころだ。
 「とりあえずボケガエル達に聞いてみるわ。何かわかったら、すぐ電話するね、小雪ちゃん。また明日」
 「はい、また明日! じゃあね、夏美ちゃん」
 そのまま夏美は日向家の門を開いた。そして、2人はそれぞれの家に入っていった。






 

Ⅱ(ⅱ)

 



散々紅茶について褒め称えましたが、管理人は圧倒的にコーヒー派です。むしろ紅茶は苦手であまり飲めません。なんでバララさんを紅茶派にしちゃったんだろう(笑)。
ドロロ、一人奮闘中。周りも心配してます。

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 (ⅱ)
 「……という訳だ。経緯としては今話した通りだが、早い話、アイツが無理に準備を急がせたのが原因だ」
 「とんだトバッチリですよぉ」
 「皆に何事もなくてよかったでござる」
 ここはケロロ小隊地下基地内、医務室――実に2割を超える基地設備が機能停止に陥ることとなった騒ぎの翌日、時刻は既におやつ時である。医務室で事の詳細を説明していたギロロが溜息とともに腕を組んだ。現在医務室にいるのはギロロ、ドロロ、そしてタママの3人である。先程までクルルも一緒にいたのだが、滞った仕事を片付けると言ってラボへ戻って行ってしまった。
 タママのために差し入れられたおやつを早速開けて、3人でお茶と一緒につまみながら世間話などしているのだが、その会話は自然と昨夜の事故に関する話題になった。
 「まったく、アイツはいつも思いつきで動くからこんなことになるのだ。今だって、散々探したのにどこにいるのやら、ちっとも見つからん」
 苛立たしげに手を振りながら、ギロロが唸った。そんなギロロにドロロが苦笑する。
 「ギロロ殿、まぁそう怒らず。大事なく済んだのでござるし、隊長殿も色々と忙しいのでござろう」
 「しかし結局、後始末をほとんどお前に任せてしまっただろう。俺たちが引き起こしたことだというのに、すまなかった」
 そう言うと、ギロロは深々とドロロに向けて頭を下げた。
 惨状の後始末、つまり基地内の片付けは既に終わっている。だが、それはほとんど昨夜のうちにドロロが一人基地中を飛び回って働いたおかげであった。元来特別な装備を必要とせずに危険な環境で無事に活動できるのはドロロだけであるし、寝込んでいた3人が使い物にならないのは言うまでもなく、その3人の診察、看病、経過観察のために手が離せないでいたクルルにも手伝う余裕はなかった。結局、ガスを無害化する薬品を散布したり、崩れた部屋の瓦礫を排除したり、といった大作業はドロロが一手に引き受けていた。今朝になってからギロロも加わったが、軽く掃除をしたくらいで作業はすっかり終わって、体力も時間も持て余してしまった。とりあえずドロロと連れ立ってタママの見舞いに来たものの、ギロロはどうにも落ち着かない気分だった。
 しかし当のドロロは手の空いている自分が率先して働くのは至極当然と思っていたので、頭を下げられることなど何も、と、その青い目を丸くしながら、頭を下げるギロロを必死で制止する。
 タママはそんな2人の様子をなんとなく見ていたが、お茶を一口すすって、ぼふん、と音をたてながら枕に頭を沈めた。そして、少し口をとがらせてギロロとドロロの方を向いた。
 「そういえば、ボクは今回の作戦の話、なんにも聞いてなかったんですよねぇ。ほら、たまーに、軍曹さんが一人でお仕事頑張ってる時とかもありますけどぉ、今回はギロロ先輩もクルル先輩も参加してたらしいじゃないですか。なのにボクには……」
 「え? 隊長殿が、タママ殿を呼ばずに作戦を?」
 「ドロロ先輩、それってボクがハブられてるみたいな言い方でいやですぅ」
 「……確かに」
 「えぇっ、ギロロ先輩までひど……センパイ?」
 タママは一瞬鋭い目付きで黒いオーラを出しかけたが、ギロロの何か考え込むような様子に気が付くと、キョトンと不思議そうな表情になった。ドロロも緩く首を傾げてギロロに視線を送る。2人の注目を集めたまま、ギロロは顎に手をやって考えながら口を開く。
 「確かに、今回、アイツはタママを呼ばなかった。俺はてっきり、急ぎの作戦だったし、戦闘がメインで無かったからなのかと……何より、どうせこの後お前らのことも呼ぶんだろうと思っていたが……いや、しかし、アイツがああまで作業を急がせるというのは、妙と言えば妙かもしれん」
 とりあえず自分が意図的に作戦メンバーから外されたのではなさそうだ、ということがわかって、タママが照れ笑いを見せた。しかし、ドロロはそれとは対照的に表情を曇らせる。
 「ギロロ殿。隊長殿は、そんなに急ぎで?」
 「ああ」
 ドロロとギロロが顔を見合わせた。
 「なにか、のっぴきならない事情でもあったのでござろうか」
 「さぁな。何かあったのは確かだと思う。毎度毎度の、下らんことかもしれんがな」
 「それならそれで結構でござる。だけど……隊長殿が何も考えずに締切りを繰り上げるというのはいつものこと、されどタママ殿を呼ぶ手間すら惜しむことなど、滅多に――?」
 と、唐突にドロロは右手を軍帽にあてた。
 軽く何度か頷くだけの返事をすると、そのまま椅子から立ち上がって足早に医務室の扉へと向かった。そして、自動ドアが開く直前で足を止めて、少しだけ振り向く。タママの尻尾が不安そうに下がっているのを見とめて、ドロロは柔らかく微笑んだ。
 「隊長殿から召集がかかり申したので、席を外すでござる」
 「個人回線で呼び出しですか? 珍しいですねぇ」
 「ドロロ……?」
 昨日の今日だ。何か妙なものを感じる。
 そう言いたげな視線を投げかけてくるギロロに、ドロロは体ごと向き直って、にこりとしてみせた。
 「用が済めば、またすぐに戻ってくるでござる。そうしたら、また話の続きでも」
 「……そうだな。あぁ、いってこい」
 「ドロロ先輩、いってらっしゃいですぅ」
 「ふふ、いってきます」
 2人に見送られ、軽く手を上げて応えながらドロロは出て行った。青い体が扉をくぐると、自動ドアが軽い音をたてて、ゆっくりと閉まっていった。




 『ドロロ兵長、ドロロ兵長。至急第3ミーティングルームまで来られたし。繰り返す、至急第3ミーティングルームまで来られたし……』
 ドロロは常になく固いケロロの声を思い出す。
 それを訝しみつつも、素早く地下基地内を移動する速度は変わらない。
 ドロロの呼び出された第3ミーティングルームというのは、地下基地でも利用頻度の少ない、奥まったところに位置する小部屋だ。作戦会議に使用されることは少ないが、時にケロン軍本部から極秘の任務が来たとき、また隊長が個人を呼び出して特殊な任務を伝えることなどに使われる部屋である。だから、その部屋に呼び出されたということは、また少しばかり小隊や地球から離れて別任務に就くことになるのだろうか、とドロロは推測を働かせる。
 ただ、ケロロの様子がいつもと違うようであることが気にかかる。
 依頼内容が厄介なものなのか。それとも何がしかのトラブルか。若しくは、と、そこまで考えたときには目的の部屋は既に目の前。
 乱れてもいない呼吸を軽く整えて、ドロロは入り口へと足を進めた。
 「隊長殿、只今参ったでござ――」
 「君がゼロロ兵長かね」
 自動ドアが開き、ドロロの視界に飛び込んだのはケロロと、もう一人の見知らぬケロン人。
 そのケロン人は部屋の中央に立って、こちらを振り向いた。
 ドロロは、思わず言いかけていた言葉を飲み込み姿勢を正す。
 薄い黄の体色に淡いピンクの帽子。直接会ったことこそないが、情報としては知っている人物だ。しかし――いや。ドロロはひとまず脳内の疑問符を打消して、慎重に口を開いた。
 「貴方は……バララ中尉、殿?」
 バララと呼ばれたそのケロン人は、先を少しカールさせた軍帽を指先で整えながら優雅に微笑んだ。
 「ふむ。アサシンの情報網は宇宙のように広く、また流星のように迅速であると聞いていたが、想像以上のものだね。その通り、私は今月1日付けで中尉に昇格した、バララだ」
 その微笑みに、しかしドロロは一歩身を引いて敬礼をするに留めた。慰問とも監査とも違う妙な空気に、つい全身が警戒態勢に入る。しかし状況を怪しむ様子を悟られないようにしながら、ドロロは気を付けの姿勢を取った。
 神経質そうに、やや鼻にかかった声で何事かを呟きながら、バララ中尉は帽子を揺らしてドロロの全身を検分するように視線を動かしている。その背後で俯くケロロの表情は、ドロロの位置からは伺うことができない。だが、ケロロはやがて、すっと顔を上げた。真っ黒で、底の見えない瞳がドロロを見つめる。そして、ドロロの正面まで進み出ると胸を張り、足を鳴らして立ち止まった。
 「ドロロ……いや、ゼロロ兵長。ケロン星から通達が来ているであります。ゼロロ兵長はたった今をもってケロロ小隊を離脱、今後はケロン宇宙侵攻軍第二中隊に所属すること。そして、バララ中尉殿を上官として、テーノン星雲、オランジ星の戦線へと向かうことを命ず。以上。バララ中尉殿の下で我等がケロン星のため、尽力せよ。我輩もお前の活躍を期待しているであります」
 ドロロはケロロを見据えたまま、微動だにしない。
 ケロロは念を押すように、ゆっくりと言葉を繰り返す。
 「よいでありますな、ゼロロ兵長」
 その言葉にドロロはそっと目を瞑った。
 次に目を開いた時、その瞳が纏うのは氷のような空気。
 「了解」
 常日頃のドロロを知っている者なら耳を疑うような、感情の排除された冷たい声音。部屋中が一気に氷点下まで下がったような錯覚を覚えるその空気の中、ドロロはケロロに敬礼をし、次に目の前の新しい上官に体ごと向き直って敬礼をした。
 「よろしくお願いします」
 「こちらこそ。君の活躍に期待させてもらうね、ゼロロ兵長」
 自分も敬礼を返して満足そうに何度も頷くバララ中尉とは対照的に、まったく表情という表情を見せないケロロ。
 そして、その2人を映す、冷然とした青い瞳――
 今、そこにあるものは、ただそれだけだった。






 

Ⅱ(ⅰ)




オリケロ登場。バララさんは、薔薇の「朝雲」という品種を参考にしています。綺麗で、ちょっとナルシストなイメージ。それにしても宇宙とか流星とか、笑っちゃいますね!(自分オイ)
 

秋の夜長に虫のさざめく - Ⅰ




 (ⅰ)
 果てなく広がる高い空。まるで自分もこの中に溶けて消えてしまいそう。

 秋も深まったとある日、そんな他愛ない事を考えた自分に笑いながら、ドロロ兵長は東谷家の屋根に降り立った。
 日課となっている午後一番の町内の見回りは、何事もなく終了した。同居人の小雪なら今頃は学校で友人たちと笑顔で過ごしていることだろう。周囲を見渡せば塀の上であくびをしている猫と目が合った。にこりと笑いかけて、そのままぐるりと視線を一周させる。どこにも争いなど見当たらない。平和という名の幸せ。ドロロは満足そうに頷いた。
 穏やかな気持ちで空を仰ぐ。
 本当にいい天気だ。
 暑すぎず、寒すぎず、湿度も気温も良好。
 青空にはゆったりと雲がたなびき、時折思い出したように鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 夏の盛り、若く生命力に溢れた新緑も好いが、命尽きる最後の瞬間まで鮮やかさを競い合うような紅葉もまた見事。
 頬に柔らかな風を受けながら、こんな日は久しぶりに睦実殿と将棋でも一局、と考えていたところで、突然ドロロの胸がざわり、と鳴った。
 ――――これは、暗殺兵術、虫の知らせ(アサシンマジック、ビー・コネクト)!?
 「隊長殿!」
 急いでケロロ小隊地下基地へ飛び込み、胸のざわつきが強まる方へと進む。感覚に従って降り進んで来てみれば、第1シミュレーションルームが大惨事となっていた。
 立ちこめる煙、壊れて電気系統がむき出しになっている壁。ところどころ配線がショートして、時折大きな音とともに火花があがっている。足元には何かの装置の残骸と思われるものが散乱し、更にそれを覆い隠すように積み重なった瓦礫の山。
 ドロロは目の前の惨状に表情を険しくしたが、すぐにビー・コネクトに全感覚を集中させてケロロの居場所を探った。部屋に僅かに漂う甘い匂いと時折肌に感じる刺激はアサシンならばよく知った薬物だ。既に気化が進んでいるようで、急いで対処しなければ手遅れになりかねない。
 何かを感じてふと顔を上げ、そのまま部屋の中央に向かって大きく跳躍する。
 見据えた先には、中でも一番大きな瓦礫。
 一閃――!
 キラリ、と刀が光を反射したかと思った次の瞬間、瓦礫は細かい破片となって崩れ落ちた。その隙間から緑色の影を見つけて、ドロロは構えた刀を背に納めると倒れ伏しているケロロに駆け寄りしっかりと抱きかかえた。埃や粉塵をはらいながら声をかける。
 「隊長殿! 大丈夫でござるか、隊長殿!」
 頬を叩いても軽く揺さぶってみてもケロロの反応は無い。すっかり意識を失っている。幸いなことに呼吸はある、だが急いだ方が良さそうだ。そう思ってケロロを抱えたまま立ち上がったとき、通信機から陰気な声が聞こえた。
 『く~っくっくっく、ドロロ兵長、アンタは無事か』
 「クルル殿! これはいったい」
 『少々トラブって、ご覧のとおり。かなりの濃度のヤバいガスが漏れ出したんで、地下基地の地上からの隔離……と、第3ブロックの閉鎖が完了したところだ。念のためにこれから第4、第5ブロックまで本部から隔離させておくぜぇ』
 ドロロは応答しつつも、通風口や秘密の通路などを駆使して基地内を駆け上り、ひとまずガスの届いていない部屋の天井裏へと避難した。そして手持ちの薬類を探る。すぐにケロロが吸ったガスの中和液を取り出し、素早い手付きで手ぬぐいに染み込ませてケロロの口元にあてる。吸って、吐いて、一呼吸。ケロロが薬を吸い込んだことを見届けながら、ドロロは再び通信機を耳に押しあてた。
 「隊長殿を保護したでござる。クルル殿は、それに、他の皆は無事でござるか」
 『了解。俺は別室で操作してたんでなんともないっス。オッサンがたんまりガスを吸ったンで一緒に医務室で、ガキはどっかに……あぁ、第2シミュレーションルームに反応アリだ。レーダーが移動してねェところを見ると、お寝んね中かねェ』
 「と、言うと、ガスは第4ブロックまで漏れていたということでござるか」
 『そうみたいっすね。さすが俺様、ナイス判断だぜぇ……くっくっく。シミュレーションの機能は止めてあるんで、回収頼んます』
 「承知。2人を連れてそちらへ向かうでござる」
 通信を切ると、ドロロは軽い動作でケロロを肩に担いだ。
 軽く屈んで、跳躍。
 トン、と足音が鳴ったとき、既にそこにドロロとケロロの姿は無い。
 まるではじめから何もなかったかのような静寂の中、じわりと壁の隙間からガスが浸食し、次第にその場を厚く覆い、包みこんでいった。




 「クルル殿」
 「どーもっす。隊長はそっちに寝かして、ガキはこっち」
 ドロロがケロロとタママを担いで医務室へと入るなり、クルルから指示が飛ばされる。
 素直にクルルの指示に従って2人を部屋の奥に備え付けられたベッドに寝かせてから、ドロロはホッと息を吐いて深呼吸をした。いくらアサシンがどのような環境にも対応できるとは言え、やはり新鮮な空気は心地良いものだ。
 一方、クルルはそれまで看ていたギロロの傍を離れると、まずはケロロの隣に移動して体をあちこち確認する。
 「どれどれ……なんだ、隊長は問題ねェな。何かしたでしょ、ドロロ先輩。ん? その薬? あぁ、処置としては完璧だ。これなら放っといていいか。そのうち起きるだろ。さて、運動強度の高かったガキンチョは、と。ん~、インパクト前後じゃなかったのが救いだな。濃度も高くなかったし、吸い込んだ量もセーフだ。くくっ、運がいい。ま、念のために体温と呼吸の管理を……」
 クルルはテキパキと医療用機械のモニターを見たり、何かの装置を準備したりしていく。本人は医療分野は専門外だと言うものの、日ごろから何かと小隊の健康管理を任されているだけあって、その手際の良さは見事なものである。ドロロは感心しながら、流れるような動きをなんとなく目で追っていた。と、いつの間にやらクルルが目の前に立っている。カルテ片手のクルルにしげしげと眺められて、ドロロは少し気後れして後ずさった。
 「……何か?」
 「アンタはなんともないのか?」
 「アサシンでござるゆえ」
 ドロロが頷くと、クルルは楽しげに笑い、肩をひょいと上げると薬品棚の方へ向かった。棚から薬を物色しながら、ドロロを横目で見てにやにやと笑う。
 「本当に影響が無いみたいっスねェ。いくら薬物に耐性があるとは言え、あの濃度ん中で活動しといて。呆れたカラダしてんなぁ、まったく。そのうち研究観察させてもらいたいもんだぜ、く~っくっくっく……」
 「……それはご勘弁いただきたいでござるよ」
 ドロロはクルルから発せられる不穏な空気から逃げるようにして、寝ている3人の近くに寄った。そのままひとりひとり顔を覗き込んでみる。
 不幸にもガスの直撃を浴びた(クルルが思い出し笑いをしながら教えてくれた)というギロロだが、意識が落ちる寸前に状況を判断したようで口元に布があてがわれており、ガスを大量に吸い込むという事態は避けられたらしい。それに、医務室に運ばれてからはクルルが付きっきりで手当てをしていたから、顔色も悪くない。隣に寝かされたケロロも、決して少なくない量のガスを吸い込んでいたもののドロロが施した応急処置のお陰で大事に至らず、いつも通りの鮮やかな緑色だ。この2人は心配無用。タママだけが少々気にかかるが、クルルの様子を見る限り問題はないのだろう。ドロロは、寝苦しそうに唸っているタママの額の汗をそっと拭いてやった。
 「……ゲロ? ここは……」
 もぞ、と布団の中で身じろいで、ケロロが意識を取り戻した。まだぼんやりとしているようだが、目を覚ましたのなら一安心だ。ドロロはぱっと笑顔を浮かべてケロロの側へ駆け寄り、ケロロ君、と声をかけた。一方、にこにことケロロの様子を見守るドロロの後ろでは、クルルが水筒を手に取りながら、露骨につまらなさそうな顔を見せた。
 「おはよーさん、隊長。アンタが寝ている間にカラダの隅々まで、あんなことやこんなことを実験してみようと思ってたんだが……ちっ、仕方ねぇ。とりあえず水分補給しときなァ」
 クルルは言いながら水筒をドロロに向かって放り投げた。
 ドロロは苦笑しながらそれを受け取り、同じく苦笑しているケロロへ手渡した。しかし、まだケロロの握力が回復していないらしいことに気が付いて、手伝うためにベッドの隣の椅子に座った。ケロロはドロロに支えられつつゆっくりと水を飲んで一息ついてから、へにょ、と頼りない笑みを見せた。
 「ありがとうであります、ドロロ兵長」
 「なんの。隊長殿の体が第一でござるよ」
 「そうね、うん……そうでありますな。……あー、クルル? あのさ、その」
 「込み入った話なら後で、隊長。オッサンもガキも無事――あぁ、ガキの症状が若干重いが、問題無いっす。とりあえず寝てれば?」
 「そう、でありますか……了解であります」
 ケロロはそれで話を切り上げることにしたらしい。ドロロから、作戦用装置の成れの果てや、自分とタママが助けられた時の様子などを聞きながら、時間をかけて水筒の水をすっかり飲み干した。そして心地よさそうに布団に潜りこんだところで、ふと思い出したようにドロロの方を向いた。
 「そういやぁさ、ドロロ?」
 「にん?」
 「お前さん、よく助けに来てくれたでありますなぁ。こっちから連絡する前に、飛んで来てくれたんでショ?」
 ケロロはクエスチョンマークを頭の上に浮かべてドロロを見つめる。
 全てがあっという間の出来事だった。制作中の侵略マシンが見事なまでに大破して、みるみるうちに部屋中にガスが充満していった。ケロロは瓦礫に埋められて意識を失っていたし、クルルも地下基地を隔離して被害を最小に止めることを優先させたので、結果的に他の隊員への連絡は後回しにされていた。それでもなんとか全員の位置の把握を、と、クルルが手元にコンソールを広げたのと時をほぼ同じくして、ドロロが基地にあらわれてケロロを救出した。
 なんというタイミングの良さなのか。まさか、ドロロが偶然、基地にいてケロロを探していたと言うわけでもあるまい。それとも、トラブルを察知してすぐに現場に駆けつけるという、正義のヒーロー的な勘の良さでも持っているのだろうか。あぁ、なんとなく持っていそうな気もするけれど。この青い男は。
 ケロロの言いたいことを理解したドロロは少し困った顔で微笑んだ。
 「アサシンマジックで察知したのでござる」
 「アサシンマジック? あ、もしかしてアレでありますか、ビー・コネクトってやつ」
 ドロロは頷く。
 「存じてござったか。その通りでござる。詳しい事はアサシンの秘密ゆえ、聞かないで欲しいでござるよ」
 「ふうん。了解であります。とりあえず便利ねェ、ソレ。呼んでも呼ばなくても助けに来てくれちゃうなんて、もう、ドロロったら頼りになるんだからぁ」
 まだ弱々しいものの、枕を揺らしていたずらっぽく笑うケロロ。
 ドロロはただ穏やかな表情で、にっこりとケロロを見ていた。






 

Ⅰ(ⅱ)




いきなりハプニングから始まりました。
今回の話はドロロの暗殺兵術のひとつ、ビー・コネクトってどんな術なんだろう、ということをテーマにしています。途中から妄想が暴走しておりますが、最後までお付き合い下されば幸いです。

 

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