on 24th
「くりすます、でござるかぁ」
「知らなかったのか?」
「にん。毎年、12月24日は何やら賑やいで、皆忙しそうにしていると思ってはいたのでござるが。小雪殿に尋ねてやっと合点がいったでござる。いつもなら拙者は年末の掃除や新年の準備をしている頃でござるな」
「なるほど、お前らしい」
今日はクリスマスイブ。ギロロとドロロが連れ立って街を歩いていた。そう遅い時刻ではないが、季節柄、すでに日は落ちて夜が広がっている。そして、そんな暗闇を弾き飛ばすほどの軽やかで華やかなクリスマスイルミネーション。街を彩るカラフルな光に、ポコペン人スーツの2人もなんとなく馴染んで、あまり注目を集めないで済んでいた。
ギロロがマフラーごしに白い息を吐き出した。
「お前の方がポコペンの文化に詳しいと思っていたぞ」
「拙者が学んだのは主に日本の伝統文化でござるからなぁ」
ドロロは手袋をはめた手を顎に当てて、少々考える素振りを見せる。
「この星の文化風俗全般に通じているのは隊長殿の方でござろう、真面目に仕事をしてさえいれば」
「期待はできんな」
ギロロが溜息を付きながら腕を組んだ。ドロロは苦笑する。
「まあ、そう言わずに……えっと、それで。くりすます、というのは、普通は恋人同士で出かけたりするイベントなのでござるか?」
「そうだな。いや、本来は家族で祝うものらしい。だが、この国では恋人同士の時間を過ごす日として広く認知されているという話だ」
「ふむ、文化の違いでござるな。興味深い」
「すまんな、相手がこんなむさくるしい男で」
「申し訳ござらん、拙者、女装してくればよかったでござるかな」
勘弁してくれ、とギロロが言って2人で笑う。
時折奇妙な目を向けられることもあるものの、ほとんどの人は自分達のお祭り騒ぎに忙しい。色鮮やかに光を反射する街角、その照明の明滅にあわせるようにして心浮き立つクリスマスソングが聞こえてくる。寄り添い腕を組んで歩く恋人たちがいる。大事な人と、もしくは大事な人のために急ぎ足で行き交う人々を眺めながら、広がって道を歩くのがはばかられてギロロとドロロもやや近寄り気味に歩いた。
駅前の大きなクリスマスツリーをしばし見物してから、裏に回って少し歩けば、目的のレストランが見えてきた。あまり大きい店ではないが、シックな外装と窓から漏れる暖かな光に好感が持てた。
ベルを鳴らしながら入り口をくぐると、ポコペン人スーツが醸し出す異様さのせいだろう、さすがに戸惑った顔をされた。ちょっとしたイベントがあって、などと苦笑交じりになんとか誤魔化しながら外套と一緒にチケットを渡せば、安心した表情を見せた店員に案内される。
「こちらのお部屋になっております」
「個室か、助かった」
「これならあまりじろじろ見られないで済みそうでござるな」
一旦下がった店員に聞かれないように、2人で顔を突き合わせて安堵の息をつく。こんな時、あの緑の隊長がいればよかったと思うのだ。ケロロの口のうまさは、宇宙でも一級品だから。
落ち着いて席に座ってみれば、そこは駅前のツリーまでよく見える、夜景の綺麗な個室だった。各々メニューから好みの主菜を選び、ドロロは食前酒、ギロロはフレッシュジュースの入ったグラスを掲げて、キン、と高い音を鳴らした。
きれいな手だ。
食事の最中だというのにそんなことを思い始めたのはいつからか。
だが、青い男の食器を操る手に目を奪われて、ギロロはいつしかそんなことばかり考えていた
そういえば昔から食事の姿はキレイな男だった。きっと家で徹底して躾けられていたのだろう。さすがに最前線においてまで作法を気にする様子は見たことが無かったが、環境によっては相変わらず体の覚えた動きが出るようだ。こんなにきれいな手が、冷たい武器を自在に操るあの手と同じものであるのだ、と。今この場で説明されて、誰が信じるだろうか。
気が付けば、ドロロが心配そうな顔でギロロの顔を覗き込んでいた。少々己の思考に没頭しすぎていたらしい。
「……ギロロ殿?」
「……あ? あぁ、な、なんだ、ドロロ」
「いや、なんだかぼーっとしてるというか、心ここにあらずという感じだったから……」
「そうか? そんなことはないぞ、別に」
だが、どうにもドロロの顔を正面から見られない。まったく空気に酔ったか、おまけにどうやら悪酔いしたらしい、と、ギロロはコーヒーに口をつけてひそやかにため息をついた。丁寧に淹れられたコーヒーの香りに助けられて、なんとか心を落ち着ける。
デザートのケーキはギロロにとって苦手な甘さだったので、ドロロに譲った。ドロロは特に甘党というわけではないが、華奢な形(なり)をしている割によく食べる。
ドロロはコーヒーを飲みながら夜景を眺めていて、ギロロはそんなドロロを見ていた。
薄い。そう思った。
その存在感はまるで雪のように薄いのではないかとさえ思う。雪のように儚く、心細い――今にも光に融けて消えてしまいそうな。そんな感想を抱いたことを自分で不思議に思いながら、ドロロ、と名前を呼んで、ギロロは飲み干したカップを皿に乗せた。
磁器のぶつかる音と呼び声に反応してドロロが振り向いた。いつも通りの笑顔。抱いていた不安が霧消して、ギロロが少しだけ目を細めた。ドロロはにこりと笑む。
「そろそろ行くでござるか?」
「そうだな。存外、ゆっくりしていたようだ」
立ち上がり、出口で受け取った外套をばさりと羽織る。
料理の礼を店員に述べて外に出ると、空からふわりと白い物が落ちていた。
ほう、とギロロが息を吐き出す横で、見る間にドロロの表情が輝いていく。ドロロはそのまま真っ白な道路へと駈け出した。
「雪! 雪でござるよ、ギロロ殿!」
「雪だな、ドロロ。嬉しそうだな」
「拙者、雪が好きなのでござる。美しく、優しく、そして暖かい」
「暖かい?」
さくさく、と戯れに足跡をつけながら、ドロロがくるりと振り返って微笑んだ。
「暖かいでござる。とても寒い日は、雪があるほうがいい。雪があれば芯まで凍て付くことなく、暖かさを感じられるでござるよ。それに、冬の雨は冷たさが心まで染み込んでくるでござるが、雪は心を包んでくれる」
「ふむ。だが、雪などすぐに溶けてしまう、心細くて儚いものだろう」
「今日は詩人だね、ギロロ君。……雪が儚いというのはその一面に過ぎぬでござる。時に凶暴に牙をむき、時に暖かく包み込んでくれる。雪とは頼りなく見えて、中々どうして、一筋縄ではいかないものでござるよ」
「そういうものか」
よくわからん、と呟きながらギロロは歩みを進める。いたずらっぽく笑っていたドロロが、ギロロよりも数歩先で立ち止まった。そして、ギロロが追い付くのを待って、懐から何か包みを取り出した。
「ギロロ殿」
「なんだ?」
「めりーくりすます! プレゼントでござる」
驚きにギロロは目を丸くした。クリスマスという行事のことも知らなかったヤツが、この行事の一大イベントまで――プレゼントまで用意しているとは。
濃いブルーの紙に金色のリボンが巻かれている。シンプルだが深い色合いが美しい。そんな小さな包みと、それを両手で差し出してくるドロロとを何度か見比べてから、ギロロはそれを受け取った。
「ありがとう、ドロロ。中身はなんだ?」
「開けてみればわかるでござるよ」
「ふむ? 今開けてもいいか?」
「どうぞ」
人通りもほとんどないし、いいよね、とドロロが呟くのを聞いて、ギロロは少し驚く。雪のせいか時間のせいか、確かにちょうど人通りがぱったりと途絶えているのだが、この男が人の目を気にするような代物を選ぶとは。こんなに綺麗な包みを開いてしまうのもどこか勿体ないし、家に帰るまで我慢しようか。いや、この会話の流れならばそれも無粋。結局、年甲斐も無く心弾ませながら、ギロロはがさがさと包装紙をひらいていく。ちらりと覗いた中身にギロロは目を見開き、慌てて全て取り出した。包装紙をどけて、箱も開けて、ドロロからの贈り物を手に取った。
「これは……!」
「どうかな。邪魔にならなければいいでござるが」
「邪魔も何も、お前、これは」
ギロロの手にしっくりと馴染むのは、一本のナイフ。
握り心地の良さと切れ味の確かさに定評のある、有名なメーカーのものだ。ケロン軍の支給品にも採用されているが、今手に握っているものはどれだけ昇進しても支給されないであろう上位モデル、それも最新型だった。この最新型ナイフは発売直後から高い評価を得ており、ギロロも今度店先まで見に行ってみようと思っていたところだった。普段はナイフを取り出す機会も少ない(そもそも本格戦闘の機会自体が少ないのだ、カナシイことに)からつい後回しにしてしまいがちだが、ナイフというのは、弾が尽きた時に頼りになる、重要な相棒だ。使いこなすために馴染ませる手順をさっそく思い浮かべて、しかしその作業が必要ないくらい自然な握り心地の確かさに、ギロロは頬を綻ばせた。
「あぁ、これはいい。おい、いいのか、こんな」
「もちろんでござる。今日は大事なヒトに贈り物をする日なのでござろう。だから。本当は銃を見立てられれば良かったんだけど、拙者、銃には詳しくないゆえ……刃物なら、拙者でも使い心地がわかるでござるから」
「刃物ならお前の方が分かっているだろうさ。そうか。いや、うむ。ありがとう、ドロロ」
大事に自分の専用倉庫にナイフを片付けてから、ギロロも実は、と荷物を取り出した。
ぱちくりと目を瞬いているドロロに、メリークリスマス、と決まり文句と共に手の中の袋を押し付けた。
「め、めりーくりすます? え、ギロロ殿? これは」
「先を越されたが、俺からのプレゼントだ」
「え、」
「……俺は、少なくともお前よりはクリスマスについて詳しいようだからな。準備していて当たり前だろう」
「……そう、だね。そうか、そうだよね。ええと、今開けてもいいでござるか?」
「ああ」
寒さのせいだけではなく頬をピンクに染めながら、ドロロがわくわくと袋を開く。
なんの飾りもない簡素な包みだが、その方がギロロらしい、と、笑いながら中の物を取り出したドロロの動きがピタリと止まった。
「……」
「……どうだ」
「……ギロロ、くん、これ」
「気に入らなかったか?」
途端に取り出した本を胸に抱きしめて、ドロロはぶんぶんと首を激しく横に振った。こういう姿は昔と変わらないな、と、ギロロは思わず微笑んだ。
「まさか! 逆だよ、ずっと欲しかったんだ、この本――どうして? すごい、あぁ、どうしよう、嬉しくて僕――あぁ、どうしよう」
頬を一段と赤くして大慌てするドロロに、ギロロは、こいつの笑顔を見ていれば十分に暖かい、などと考える。雪に包まれるよりもずっといい。それから、次に自分に苦笑した。儚く消えそうだなんて考えたのはどこのどいつだ。ドロロはこんなに生き生きとしているじゃないか。
そんな考えを気取られないよう、ギロロは何ともないような顔で歩き出した。後ろからドロロが駆け寄り、隣に並ぶ。その胸には本が抱きしめられたままだ。これだけ喜んでもらえれば、送った側としても満更でない。少し気恥ずかしくなって、ギロロはマフラーに顔を埋めた。
「偶然見つけたんだがな。お前が欲しがりそうな本じゃないかと思ってな」
「すごい! 大当たりだよ! 本当に、ずっと欲しいなって――ギロロ君、本当にありがとう! あぁもう、どうしよう。すごく嬉しい。ねぇ、僕、まだまだ君と話し足りない気分なんだ。さっきまでレストランであれだけたくさん話したのに。ごめんね、でも、お邪魔じゃなければこのあとギロロ君のテントに行ってもいい?」
「もちろん構わんさ。あの店にはかなわないだろうが、俺もうまいコーヒーを淹れてやろう」
「本当に? 嬉しい! 僕、ギロロ君のコーヒー好きなんだよ。今日は本当にいい日でござる……ギロロ君、めりーくりすます!」
「あぁ、メリークリスマス」
雪の上に続いていく2人分の足跡が、降り続く真っ白な雪に覆い隠されていく。
このまま積もってしばらく溶けそうにない、それは――――きっと、暖かい雪。
(2011.12.24)
人気のレストランで素敵な食事、しかもクリスマスイブに個室で夜景まで! 駅前商店街の皆さんが頑張ってくれました。笑。海外旅行を用意するより大変なんじゃないかと思います。そして頑張ってくれたにも関わらずお客さんが宇宙人じゃ、地域振興に繋がらないと思います。駅前商店街の皆さん、ごめんなさい。どうでもいいけどゼロロ(シッポ期)は、結構おしゃべりな子どもだったんじゃないかなぁ。
なんだかポエミーになってしまいましたが、大好きなクリスマスの話が書けてすごく楽しかったです。幸せ!
それでは皆様、メリークリスマス(地獄で会おうぜ)!