(ⅱ)
「……という訳だ。経緯としては今話した通りだが、早い話、アイツが無理に準備を急がせたのが原因だ」
「とんだトバッチリですよぉ」
「皆に何事もなくてよかったでござる」
ここはケロロ小隊地下基地内、医務室――実に2割を超える基地設備が機能停止に陥ることとなった騒ぎの翌日、時刻は既におやつ時である。医務室で事の詳細を説明していたギロロが溜息とともに腕を組んだ。現在医務室にいるのはギロロ、ドロロ、そしてタママの3人である。先程までクルルも一緒にいたのだが、滞った仕事を片付けると言ってラボへ戻って行ってしまった。
タママのために差し入れられたおやつを早速開けて、3人でお茶と一緒につまみながら世間話などしているのだが、その会話は自然と昨夜の事故に関する話題になった。
「まったく、アイツはいつも思いつきで動くからこんなことになるのだ。今だって、散々探したのにどこにいるのやら、ちっとも見つからん」
苛立たしげに手を振りながら、ギロロが唸った。そんなギロロにドロロが苦笑する。
「ギロロ殿、まぁそう怒らず。大事なく済んだのでござるし、隊長殿も色々と忙しいのでござろう」
「しかし結局、後始末をほとんどお前に任せてしまっただろう。俺たちが引き起こしたことだというのに、すまなかった」
そう言うと、ギロロは深々とドロロに向けて頭を下げた。
惨状の後始末、つまり基地内の片付けは既に終わっている。だが、それはほとんど昨夜のうちにドロロが一人基地中を飛び回って働いたおかげであった。元来特別な装備を必要とせずに危険な環境で無事に活動できるのはドロロだけであるし、寝込んでいた3人が使い物にならないのは言うまでもなく、その3人の診察、看病、経過観察のために手が離せないでいたクルルにも手伝う余裕はなかった。結局、ガスを無害化する薬品を散布したり、崩れた部屋の瓦礫を排除したり、といった大作業はドロロが一手に引き受けていた。今朝になってからギロロも加わったが、軽く掃除をしたくらいで作業はすっかり終わって、体力も時間も持て余してしまった。とりあえずドロロと連れ立ってタママの見舞いに来たものの、ギロロはどうにも落ち着かない気分だった。
しかし当のドロロは手の空いている自分が率先して働くのは至極当然と思っていたので、頭を下げられることなど何も、と、その青い目を丸くしながら、頭を下げるギロロを必死で制止する。
タママはそんな2人の様子をなんとなく見ていたが、お茶を一口すすって、ぼふん、と音をたてながら枕に頭を沈めた。そして、少し口をとがらせてギロロとドロロの方を向いた。
「そういえば、ボクは今回の作戦の話、なんにも聞いてなかったんですよねぇ。ほら、たまーに、軍曹さんが一人でお仕事頑張ってる時とかもありますけどぉ、今回はギロロ先輩もクルル先輩も参加してたらしいじゃないですか。なのにボクには……」
「え? 隊長殿が、タママ殿を呼ばずに作戦を?」
「ドロロ先輩、それってボクがハブられてるみたいな言い方でいやですぅ」
「……確かに」
「えぇっ、ギロロ先輩までひど……センパイ?」
タママは一瞬鋭い目付きで黒いオーラを出しかけたが、ギロロの何か考え込むような様子に気が付くと、キョトンと不思議そうな表情になった。ドロロも緩く首を傾げてギロロに視線を送る。2人の注目を集めたまま、ギロロは顎に手をやって考えながら口を開く。
「確かに、今回、アイツはタママを呼ばなかった。俺はてっきり、急ぎの作戦だったし、戦闘がメインで無かったからなのかと……何より、どうせこの後お前らのことも呼ぶんだろうと思っていたが……いや、しかし、アイツがああまで作業を急がせるというのは、妙と言えば妙かもしれん」
とりあえず自分が意図的に作戦メンバーから外されたのではなさそうだ、ということがわかって、タママが照れ笑いを見せた。しかし、ドロロはそれとは対照的に表情を曇らせる。
「ギロロ殿。隊長殿は、そんなに急ぎで?」
「ああ」
ドロロとギロロが顔を見合わせた。
「なにか、のっぴきならない事情でもあったのでござろうか」
「さぁな。何かあったのは確かだと思う。毎度毎度の、下らんことかもしれんがな」
「それならそれで結構でござる。だけど……隊長殿が何も考えずに締切りを繰り上げるというのはいつものこと、されどタママ殿を呼ぶ手間すら惜しむことなど、滅多に――?」
と、唐突にドロロは右手を軍帽にあてた。
軽く何度か頷くだけの返事をすると、そのまま椅子から立ち上がって足早に医務室の扉へと向かった。そして、自動ドアが開く直前で足を止めて、少しだけ振り向く。タママの尻尾が不安そうに下がっているのを見とめて、ドロロは柔らかく微笑んだ。
「隊長殿から召集がかかり申したので、席を外すでござる」
「個人回線で呼び出しですか? 珍しいですねぇ」
「ドロロ……?」
昨日の今日だ。何か妙なものを感じる。
そう言いたげな視線を投げかけてくるギロロに、ドロロは体ごと向き直って、にこりとしてみせた。
「用が済めば、またすぐに戻ってくるでござる。そうしたら、また話の続きでも」
「……そうだな。あぁ、いってこい」
「ドロロ先輩、いってらっしゃいですぅ」
「ふふ、いってきます」
2人に見送られ、軽く手を上げて応えながらドロロは出て行った。青い体が扉をくぐると、自動ドアが軽い音をたてて、ゆっくりと閉まっていった。
『ドロロ兵長、ドロロ兵長。至急第3ミーティングルームまで来られたし。繰り返す、至急第3ミーティングルームまで来られたし……』
ドロロは常になく固いケロロの声を思い出す。
それを訝しみつつも、素早く地下基地内を移動する速度は変わらない。
ドロロの呼び出された第3ミーティングルームというのは、地下基地でも利用頻度の少ない、奥まったところに位置する小部屋だ。作戦会議に使用されることは少ないが、時にケロン軍本部から極秘の任務が来たとき、また隊長が個人を呼び出して特殊な任務を伝えることなどに使われる部屋である。だから、その部屋に呼び出されたということは、また少しばかり小隊や地球から離れて別任務に就くことになるのだろうか、とドロロは推測を働かせる。
ただ、ケロロの様子がいつもと違うようであることが気にかかる。
依頼内容が厄介なものなのか。それとも何がしかのトラブルか。若しくは、と、そこまで考えたときには目的の部屋は既に目の前。
乱れてもいない呼吸を軽く整えて、ドロロは入り口へと足を進めた。
「隊長殿、只今参ったでござ――」
「君がゼロロ兵長かね」
自動ドアが開き、ドロロの視界に飛び込んだのはケロロと、もう一人の見知らぬケロン人。
そのケロン人は部屋の中央に立って、こちらを振り向いた。
ドロロは、思わず言いかけていた言葉を飲み込み姿勢を正す。
薄い黄の体色に淡いピンクの帽子。直接会ったことこそないが、情報としては知っている人物だ。しかし――いや。ドロロはひとまず脳内の疑問符を打消して、慎重に口を開いた。
「貴方は……バララ中尉、殿?」
バララと呼ばれたそのケロン人は、先を少しカールさせた軍帽を指先で整えながら優雅に微笑んだ。
「ふむ。アサシンの情報網は宇宙のように広く、また流星のように迅速であると聞いていたが、想像以上のものだね。その通り、私は今月1日付けで中尉に昇格した、バララだ」
その微笑みに、しかしドロロは一歩身を引いて敬礼をするに留めた。慰問とも監査とも違う妙な空気に、つい全身が警戒態勢に入る。しかし状況を怪しむ様子を悟られないようにしながら、ドロロは気を付けの姿勢を取った。
神経質そうに、やや鼻にかかった声で何事かを呟きながら、バララ中尉は帽子を揺らしてドロロの全身を検分するように視線を動かしている。その背後で俯くケロロの表情は、ドロロの位置からは伺うことができない。だが、ケロロはやがて、すっと顔を上げた。真っ黒で、底の見えない瞳がドロロを見つめる。そして、ドロロの正面まで進み出ると胸を張り、足を鳴らして立ち止まった。
「ドロロ……いや、ゼロロ兵長。ケロン星から通達が来ているであります。ゼロロ兵長はたった今をもってケロロ小隊を離脱、今後はケロン宇宙侵攻軍第二中隊に所属すること。そして、バララ中尉殿を上官として、テーノン星雲、オランジ星の戦線へと向かうことを命ず。以上。バララ中尉殿の下で我等がケロン星のため、尽力せよ。我輩もお前の活躍を期待しているであります」
ドロロはケロロを見据えたまま、微動だにしない。
ケロロは念を押すように、ゆっくりと言葉を繰り返す。
「よいでありますな、ゼロロ兵長」
その言葉にドロロはそっと目を瞑った。
次に目を開いた時、その瞳が纏うのは氷のような空気。
「了解」
常日頃のドロロを知っている者なら耳を疑うような、感情の排除された冷たい声音。部屋中が一気に氷点下まで下がったような錯覚を覚えるその空気の中、ドロロはケロロに敬礼をし、次に目の前の新しい上官に体ごと向き直って敬礼をした。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。君の活躍に期待させてもらうね、ゼロロ兵長」
自分も敬礼を返して満足そうに何度も頷くバララ中尉とは対照的に、まったく表情という表情を見せないケロロ。
そして、その2人を映す、冷然とした青い瞳――
今、そこにあるものは、ただそれだけだった。
→Ⅱ(ⅰ)
オリケロ登場。バララさんは、薔薇の「朝雲」という品種を参考にしています。綺麗で、ちょっとナルシストなイメージ。それにしても宇宙とか流星とか、笑っちゃいますね!(自分オイ)